Abstract02: Subject learning about global history in high school world history

1.研究目的

 本論文は、主題学習の研究を通して世界史学習が抱える問題点を改善することを目指す授業開発である。
 世界史学習の問題点は、学習内容と学習方法の2種類に分類できる。
 まずは、学習内容について。これは高校生が学習する「世界史」の対象をどのような「世界」として設定するかという問題である。「世界史」といっても、全ての地球上の歴史を満遍なく取り上げることは不可能である。このため、高校生が学習する「世界」は学習指導要領によって規定される。故に、学習指導要領において高校生が学ぶ「世界史」の内容がどのように構成されてるかを分析する必要がある。
 次に、学習方法について。「世界史」を学ぶにあたりどのような方法が効果的かという問題である。教科教育には主に2パターンがあり、教員による講義形式の一斉授業と生徒による主体的な活動を中心とする授業に分けられる。これらの授業のどちらを重視するかについては時代ごとに揺れ動きがある。戦後直後の初期社会科では経験主義に基づき活動中心の学習が重視されていたが、「這いまわる社会科」と揶揄され、体系的な通史学習に取って代わられたが、その後は生徒の主体性が問題となり、再び活動的な学習に注目が集まっているという状況である。
 これらの問題を主題学習の研究を通して改善することが、本研究の目的である。

2.研究対象

①主題学習と内容構成論

 主題学習は、現行の学習指導要領で内容構成の原理となっている「世界の一体化」と親和性がある。
「世界史」で学習する「世界」をどのような内容にするかについては、学習指導要領が改訂される度に変更されてきた。戦後まもなく「世界史」は中国史を中心とする東洋史と欧米史を中心とする西洋史を組み合わせたものであった。だが中国と欧米だけが世界ではないということで、「文化圏」という概念が導入された。これは世界各地を幾つかの文化圏に分けて学習するというものだが、結局は各文化圏の通史を寄せ集めたものとなってしまい、横断史的な横の繋がりが見えないという欠点があった。それ故、1999年版の学習指導要領から「世界の一体化」という概念に基づき「世界史」の内容が構成されるようになった。それは、各地域に発生した文明が「諸地域世界」を形成し、各「諸地域世界」が接触・交流しつつ、徐々に一体化していくという世界観である。この内容構成においては、「諸地域世界」が形成・発展する過程で時間軸を重視し、「諸地域世界」が接触・交流する過程で空間軸を重視するという特性を持つ。世界史主題学習はテーマとして時間軸や空間軸を題材に扱うため、生徒の学習に資することができる。

②主題学習と学習方法

 主題学習は学習方法として、歴史的諸能力の育成という視点を学習方法に組み込んだ。
 従来、歴史学習というと、歴史上の概念の理解や歴史用語を暗記することが学習の中心となりがちであり、知識の習得ばかりが重視される傾向にあった。世界史の学習方法をめぐっては、教員の一斉授業か、生徒の活動的な授業かを巡って議論があり、教員の一斉授業=受動的、生徒の活動=主体的という側面で語られてきたが、それはどちらも知識を習得させるための手段であった。このような状況の中で、能力育成という側面を取り入れたことに主題学習の画期性がある。歴史的諸能力とは、因果関係を分析する力、時代の変化と継続性を捉える力、歴史的意義を考察する力、歴史叙述がどのような歴史観に基づいてなされているかを把握する力である。知識の習得だけでなく、能力の育成という視点に立つことで、一斉授業か生徒の活動かといった二項対立を解消させた。

3.研究方法

 研究方法としては、主題学習の授業開発を行う。まず主題学習の先行研究を分析し、研究の問題点と課題を抽出する。次に学習指導要領において、どのように主題学習が位置づけられてきたかについて変遷を追う。そして、学習指導要領の内容構成がどのような原理でなされてきたかを分析し、主題学習と内容構成の関連を考える。また、学習指導要領を踏まえた現行の教科書がどのような主題学習の記述をしているかを分析する。以上を踏まえた上で、主題学習で扱う主題の教材研究を行う。そして最後に授業開発として、主題学習の実際の授業を提示したい。

4.構成

 第1章「世界史主題学習の先行研究」では主題学習の課題として以下のことが明らかになった。①歴史学的に意味のある主題を設定しても、一部の歴史好きな生徒以外は興味を示さないため、主体的な学習にはならない。②主題学習は系統的通史学習の補完的位置づけにされている。③学習指導要領において主題学習の具体的な内容が不明確であった。これらが先行研究から抽出された問題点である。

 第2章「学習指導要領における主題学習の取扱い」では、学習指導要領において主題学習がどのように取扱われてきたか、その変遷を調査した。主題学習は1960年版において系統的学習と問題解決学習を総合するために登場した。しかし、時代とともにその役割は変遷を辿る。1970年版で「文化圏」という概念が取り入れられると、「世界史」が文化圏の寄せ集めになり、分断化してしまった。そのため主題学習は比較考察や接触交流の影響など「世界」のつながりを意識させる役割を担うようになった。1978年版は高校全入の時代となり生徒の人間性が重視されたため文化人類学などの主題が取り入れられ、1989年版は社会史などの主題が取り入れられた。1999年版では学習指導要領に明確に位置づけられるようになったが、導入と終結としての位置づけとなった。2009年版はそれに加え、各単元で主題学習を行なうことが明記され、PISAの影響を受けて技能的側面の重視、言語能力の充実としての役割を担うようになった。

 第3章「学習指導要領における接触・交流と内容構成論について」では、学習指導要領の内容構成の変遷を接触・交流という視点で整理した。世界史が登場した当初は、問題解決学習で内容が構成されたが、逆コースで系統的な内容構成となった。各国史の寄せ集めとなる危険性に対し、「接触・交流」という視点が導入された。内容構成原理として「世界の一体化」が取り入れられると、世界史全体を構造的な世界の一体化に至る過程と把握するようになり、接触・交流によって諸地域世界が結びついていくという構成になった。

 第4章「高等学校地歴科世界史A・B科目の教科書における主題学習の取扱い」では、現行で使用されている教科書(※2010年度使用教科書)がどのように主題学習を記述しているかを分析した。テーマ解説にすぎない記述が多い一方で、学習方法の提示や主題学習の意義を唱える意欲的な教科書も見られた。

 第5章「主題「タバコの歴史」の設定」では、教材研究を行った。この研究を行っていた2010年当時は、グローバルヒストリーがブームになっており、世界史を一国史や地域史として扱うのではなく、世界全体の繋がりとして叙述することが求められていた。学習指導要領も「世界の一体化」という概念で構成されていたため、横断史的な視点を取り入れた授業が必要とされており「モノ」の伝播をテーマとした授業実践を行うこととした。この時に、テーマとして設定したのが「タバコ」の広がりについてであり、この視点から古代アメリカ文明、16世紀における国際的な交易ブーム、19世紀の東南アジア植民地化を中心とする教材研究を行った。

 第6章「授業開発案 -「タバコ」の接触・交流史」では、授業開発を行った。ここでの目的は、日常生活の事柄を題材にして、主題学習を行い、「世界の一体化」にいたる接触・交流の様相を具体的に把握させることにある。これは世界史学習の課題を内容構成と学習方法の側面から改善することを意図している。内容構成に関する課題については、各地の諸地域世界が接触・交流によって「世界の一体化」へと進んでいく様子が分かるようにした。学習方法については、歴史的諸能力の育成を念頭に置き「探究学習」の方法を提示した。
以上により、この研究では「世界の一体化」をテーマとする「探究」形式の主題学習の授業を開発した。