雑録

2015年センター世界史 解説

センター世界史解説作りを個人的に行ったのでメモ。
授業では高2の生徒に「自分でセンターの解説を作ってみよう!」というのをやらせているので、まず自分が全部作りました。
(ジグゾー学習でグループごとに大問ごとの解説作らせて結合し一つの解説にするアクティブラーニング的な)
センター世界史は相変わらずリード文と関係ない設問が多く、地域年代バラバラなので知識の瞬発力が必要。
出題ミスと認められたのが【35】。疑いがもたれているのが【16】。

第1問 世界史上の支配とその影響

リード文A…ローマ帝国について
  • 【1】2世紀末の世界(同時代史・正文判定)
    • 正解は選択肢4。これはローマ帝国後漢海上ネットワークでつながれていましたよという有名な内容を知っているかどうか。『エリュトゥラー海案内記』をすぐに想起できるはず。
      • 選択肢1:ヴァルダナ朝は7世紀(606〜647)。唐の玄奘が来ていたことを思い出せれば明らかに2世紀でない。2世紀のインドはクシャーナ朝カニシカ王の時代。
      • 選択肢2:漢王朝は「だいたい200のサンドイッチ」と教える。【前漢建国=前202年】−【王莾が新を建国=後8年】−【後漢滅亡=後220年】。よって赤眉の乱は新における反乱なので紀元後1世紀なので2世紀ではない。
      • 選択肢3:ローマ帝国キリスト教が公認されたのはミラノ勅令(313年)。4世紀の出来事である。
  • 【2】パルティア史(同地域・誤文判定)
    • 正解は選択肢3。ダレイオス1世はアケメネス朝ペルシャ(位前552〜前486)。新都ペルセポリスの造営やペルシャ戦争の遠征失敗で名高い。
      • パルティアは始祖アルサケスがセレウコス朝から自立。ミトラダテス1世がクテシフォンを建設し、冬の王都となったのち、首都となる。シルクロードの要所を押さえて中継貿易は発達史、「史記」大宛伝で「安息」と記される。ローマ帝国との抗争の結果疲弊し、ササン朝に滅ぼされた(224)。
リード文B…ハプスブルク帝国
  • 【4】ハプスブルク家の君主について(人物・正文判定)
    • 正解は選択肢1。ヨーゼフ2世は個人的に大好きなんですよ!ヨーゼフ2世の墓碑銘って知ってます?「†善良な意志にもかかわらず万事失敗に終わった人、ここに眠る」。マリア=テレジアの長子で母と共同統治を行い、母の没後は啓蒙専制君主としてヨゼフィニスムスを展開!!カトリック教会の支配力の打破をねらった「寛容令」や商工業の育成、農奴解放などを行うも、官僚制的集権化に対する反対のため、多くの改革を撤廃せざるをえなくなるという悲劇の人なのである。
      • 選択肢2;エドワード3世はイギリスのプランタジネット朝の人物。フランスのカペー朝の断絶により、王位継承を主張して百年戦争を始めた。ハプスブルク家でない。
      • 選択肢3;フリードリヒ2世(大王)はプロイセンのホーエンツォレルン朝の人物。啓蒙専制君主でありオーストリア継承戦争七年戦争で勝利し、シュレジエンを獲得。第1回ポーランド分割にも参加した。
      • 選択肢4;フリードリヒ=ヴィルヘルム1世はホーエンツォレルン朝の人物。フリードリヒ2世(大王)の父で「軍人王」、「兵隊王」の二つ名を持つ。徹底した国庫中心主義でプロイセンの国家経営を外国依存から解放し、貴族の政治的無力化を推進しつつ、軍国的絶対主義の枠組みを作り上げた。
  • 【5】旅行(文化史・正文判定)
    • 正解は選択肢2のスウィフトの『ガリバー旅行記』。船医ガリヴァーの架空の国々の旅行記を通して、イギリスの現状をするどく批判・風刺した。
      • 選択肢1:ミルトンが書いたのは『失楽園』。「旧約聖書」の楽園喪失を物語化し、人間の象徴としてのアダムとサタンの闘いを通じて、神の摂理説を説こうとした。『ロビンソン=クルーソー』はデフォー作。孤島で一人生き抜く人間の姿と信仰を描く。社会学の授業を取るとたいてい読まされる大塚久雄先生はこのロビンソン型人間が大好き。
      • 選択肢3:『南海寄帰内法伝』は義浄。仏図澄は魏晋南北朝時代の渡来僧でクチャ出身。4世紀初めに後趙の洛陽へ招かれて仏教を広める。
      • 選択肢4:『仏国記』は東晋僧仏顕。孔穎達は『五経正義』で儒学の解釈を統一した。この結果科挙のテキストとなったが、学問的発達はみられなくなった。
リード文C…大英帝国(オーストラリア)
  • 【9】世界市場の植民地(地域年代バラバラ・正文判定)
    • 正文は選択肢3。ホセ=リサールはスペインに留学中、民族意識に目覚め帰国後にフィリピン民族同盟を結成。平和的な改革を目指したが、逮捕・流刑。秘密結社カティプーナンの武装蜂起を契機に処刑された。

第2問 世界史上の港町について

リード文A 泉州
  • 【10】世界史上の交易(地域年代バラバラ・誤文判定)
  • 【11】広州(地図問題)
    • 正解は選択肢2。「18世紀後半にヨーロッパ船の貿易港に指定された」というフレーズを見た瞬間広州が思い浮かぶはず。乾隆帝による公行制。広州は広東省にあるので位置はb。ニンポーは浙江省東部。日本との関係が深く、遣唐使以来明代勘合貿易に至る出入港であったあ。
  • 【12】アフリカ東海岸(正誤組合せ)
    • 正解は選択肢2。aマリンディは鄭和の南海大遠征でも、ガマの水先案内人でも出てくる。ムスリム商人の海のネットワーク結合はダウ船交易でも有名。bのポンディシェリがフランス勢力下なのは正しいがアフリカではなくインド。
リード文B リスボンについて
  • 【13】ポルトガル史(同国他時代・正文判定)
    • 正解は選択肢1。ポルトガルはスペインと海上進出の勢力範囲を決めるためにトルデシリャス条約を結んだ。
      • 選択肢2;フォークランド戦争はイギリスVSアルゼンチン。イギリスが勝利し、鉄の女サッチャーの威信が高まった。
      • 選択肢3;カルマル同盟はノルウェー・スェーデン・デンマークのスカンディナビアンクロスの国々。1397年の成立は「いざ苦難の道へとカルマルカ」と個人的には覚えた。
      • 選択肢4;ポルトガルは1930年代から1974年革命までサラザール体制が敷かれておりソ連には占領されていない。以下サラザール体制まとめ。サラザール体制はポルトガルにおける独裁体制。軍部独裁政権に蔵相として招かれたサラザール財政再建に成功。1932年に首相となり33年には憲法を公布して自らに権力を集中させ、一党独裁を実現。検閲制度や政治警察により反体制運動を抑圧し植民地帝国の維持を目指した。第二次大戦後、冷戦構造の中で体制が維持され、サラザールは事故で引退する68年まで独裁を行い、後継者カエタノが体制を引き継いだ。68年にサラザールの後継者となったカエタノは独裁体制と植民地帝国を維持しようとしたが、植民地戦争と石油危機による経済の混乱で不満が高まる。74年に青年将校団が無血クーデタに成功した。
  • 【14】ポルトガルがアジア進出の拠点とした都市の名とその位置(地図問題)
    • 正解は選択肢1。ポルトガルのアジア進出の拠点はインドのゴアと中国のマカオカルカッタはイギリスの拠点。ゴアはインド南西部の州でアラビア海に面する。受験的にはアルブルケによる攻略やザビエルの寝棺が安置されていることなどが出題されている。1961年にインドに武力併合された。
リード文C イズミルについて
  • 【16】繊維の原料や製品について
    • 正解は選択肢3。アメリカ南部で綿花プランテーションが発達した理由は、イギリス産業革命とホイットニーの綿繰り機の発明で綿花需要が急増したから。
      • 選択肢1;呼応男の開発が進んだのは宋代から。長江下流域で綿織物の家内工業が発展したのは明代から。よって漢代からというのは間違い。
      • 選択肢2;綿工業に関して、布を織る織布部門と糸を紡ぐ紡績部門と綿を摘む綿摘み部門の3つの分野で産業革命が起こったことを混同しないように。ジョン=ケイが飛び杼を発明して織布工程の能率をあげると、糸が足りなくなって紡績部門での一連の発明が起こる(ハーグリーヴズ・アークライト・クロンプトン)、こうして糸の生産が増えると織布部門でカートライトが力織機を発明した。よって受験世界史的に考えればジョン=ケイは飛び杼の発明者であるので、紡績部門ではない。
      • 選択肢4;ナイロンが開発されたのは1938年のカローザスによるので20世紀。別にカローザスを知らなくとも開国期日本の主要輸出品が生糸なのは有名な話で、アメリカのストッキングになってたことを想起できれば19世紀ですらナイロンが発明されていないことが分かる。
  • 【17】ヨーロッパ諸国の通商活動(正誤組合せ)
    • 正解は選択肢2。aについてはヴェネツィアは13世紀後半、エジプトのマムルーク朝と交易を開始し、紅海経由で香辛料を獲得した。bについてだがカピチュレーションはオスマン帝国からヨーロッパ諸国に与えられたので順序が逆。このカピチュレーションは恩恵的な特権だったにもかかわらず不平等条約の根拠とされたことも有名。
  • 【18】ギリシア独立戦争(年表挿入)
    • 正解は選択肢2。ギリシア独立戦争1820年代(1821〜1829)であることを知っていれば即座に解けるが、知らなくてもいくらでも類推できる。メッテルニヒの方針で神聖同盟は独立反対を決議したけれども英仏露の支援で勝利しロンドン会議で国際承認を受けたことからウィーン体制の動揺の始まりとなったことを思い出せればbだと分かる。またオスマン=トルコでタンジマートが始まったのもエジプト=トルコ戦争によるものだと思い出せれば、ギリシア独立戦争ムハンマド=アリーがトルコを支援したことが想起できるのでbだと分かる。

大問3 世界史上の軍隊

リード文A ヨーロッパにおける傭兵
リード文B 火器の歴史
  • 【21】税制史(地域時代バラバラ・正文判定)
    • 正解は選択肢3。植民地インドの税制にはライヤットワーリー制とザミンダーリー制がある。ライヤットワーリー制は南インドで行われた徴税システムで、ライヤット(耕作農民)に土地所有権と同時に納税責任を負わせた制度。地主を介さず農民を直接支配した。一方のザミンダーリー制は北インドで行われ徴税システム。ザミンダール(旧来の地主・領主)の伝統的権利を近代的土地所有権として扱い、彼らを国家に対する地租納入の直接責任者とした。
      • 選択肢1;イクター制が始まったのはブワイフ朝から。イクターとは土地に対する徴税権のこと。イクター制を採用すれば、中央政府は徴税の負担を免れることができるメリットがある。11世紀のセルジューク朝時代以降はイスラーム世界全域にイクター制が普及した。
      • 選択肢2;賦役黄冊は明代の租税台帳。世界史教員が必ずする小ネタとして「表紙が黄色だったんだ!」とかいうはなしがある。受験世界史における中国の税制には4つしかない。一つ目は北魏に始まる租庸調制。一昔前までは均田制の土地分配の対象が北魏⇒隋⇒唐と成年男子に一本化していくことが権力の集権化の象徴とかいう論述がしばしば出された。二つ目は唐代における両税法。徳宗×楊炎時代。現住地で土地・資産に応じて夏秋2回に徴税した。三つ目は一条鞭法。「16世紀における銀貿易による世界の一体化」で日本銀とメキシコ銀が流入して銀納になったという流れがよく出題される。土地税・徭役などあらゆる税を一本化して銀納。徴収を簡素化・能率化させた。四つ目は地丁銀制。丁銀を地銀の中に組み込み地丁銀として一括徴収する。事実上、人頭税が廃止される効果をもたらし毎年の地税のみとなり、歳入額が固定化された。
      • 選択肢4;「権利章典」では国王の課税は議会の承認が必要となったので、事実誤認。
  • 【22】明清の軍隊(空欄補充)
    • 正解は選択肢4。選択肢がザルすぎる。王朝交代の流れを知っていれば清と戦ったのは明。南宋が戦ったのは元軍。清の軍隊もどうみても八旗。猛安・謀克は金の二重統治体制における女真族側。ああこれ構図が統一されているのね。一応遊牧民と戦ったシリーズとして【南宋VS元】・【明VS清】で同じにしており、女真族の軍制シリーズとして【金:猛安・謀克】・【清:八旗】にしている。こう考えると構図はきれい。
  • 【23】都市の歴史(時代地域バラバラ、誤文判定)
    • 正解は選択肢1。アズハル学院はカイロに置かれた。アレクサンドリアに置かれたのはムセイオン。
      • 選択肢2;アンコール=トムはカンボジアにおけるアンコール朝の都城。“大きな都”の意味。9世紀末に創建され、13世紀頃まで増改築が続いた。城域内に建立された寺院はインド文化の影響を受ける。
      • 選択肢3;第1インターナショナルはロンドンで1863年ポーランド反乱を支援した各国の亡命家が創設した。マルクスバクーニンと論争していたり、パリ=コミューンを公然と支援したりしている。各国政府から弾圧され活動停止。ちなみに第二インターフランス革命百周年を記念するパリ万博に対抗してパリで、第三インターは対ソ干渉戦争に対抗してモスクワで創設されている。
      • 選択肢4;景徳鎮は中国第一の陶磁器生産地域、。唐代より知られ宋元時代に発展し、明清時代には政府専用工場である御器廠が置かれて世界的に有名となった。
  • 【24】遊牧国家(時系列整序)
    • 正解は選択肢6。アッティラゲルマン民族の大移動の契機となったフン人の王なので375年(ゲルマン民族みなごろし)。突厥ササン朝のホスロー1世と組んでエフタルを討ったので567年(青木の実況中継ネタ;にぃしぃろっぱー!鮮・柔・突・回)。カラ=キタイは金に遼が滅ぼされたあと耶律大石が中央アジアに逃れて建国(1132)。遼を滅ぼした時の違約を責めて金が北宋を攻撃した靖康の変が思い出せれば12世紀と分かる。
リード文C 第一次世界大戦における青島
  • 【27】ハーグ密使事件(空欄補充)
    • 正解は選択肢4。ハーグ密使事件を知っていればいとも簡単に点数がもらえる。
      • 1907年に韓国の高宗皇帝がオランダのハーグにおける第二回万国平和会議に密使を派遣するが失敗。日本は高宗を退位させ第三次日韓協約を結び、韓国内政をも統監府の監督に置き、韓国軍を解散させる。しかしこれにより反日義兵闘争激化、1909年には伊藤博文が義兵の安重根により暗殺される。伊藤博文暗殺の結果、日本は1910年に韓国を併合した。

大問4 世界史上の遊戯について

リード文A チェス
  • 【28】戦車(正誤組合せ)
    • 正解は選択肢3.
  • 【30】近代オリンピック(地域時代バラバラ)
    • 正解は選択肢4。オーストラリアの先住民はアボリジニー。設問上の2000年シドニーオリンピックではフリーマン選手が女子400mで優勝しアボリジニーの旗を振り振りしたエピソードが有名である。
      • 選択肢1;リュクルゴスはアテネではなくスパルタ。重装歩兵である完全市民の優位を保持するため、独特な軍事的・鎖国的諸制度を確立したという伝説がある。アテネで民主政が完成したのはペリクレス時代。民会の最高議決機関化、官職の抽選制、日当支給などの民主化を進めた。
      • 選択肢2;「強いアメリカ」を唱えたのはレーガン(任1981-89)。軍備を拡大し、ソ連との対決姿勢を強める。内政面では「小さな政府」を唱えて行政改革、自由競争の奨励、社会福祉の縮小を行った。政権末期には財政、貿易での赤字が拡大して双子の赤字に悩まされ経済の弱体化を招き、対ソ協調に応じた。ブレアはイギリスの労働党政権(1997-2007)。9.11以降ブッシュJr.に追随しイラク戦争(2003)に介入したので支持を低下させた。
      • 選択肢3;ソウルは旧漢城。慶州は半島の南東の方で現在の慶尚北道の都市。
リード文B じゃんけん
  • 【31】中国文明の伝播(地域年代バラバラ・誤文判定)
    • 正解は選択肢2.製紙法は唐VSアッバース朝のタラス河畔の戦いで西伝した。
      • 選択肢1.羅針盤は11世紀頃中国で使われはじめ、12世紀に伝わり、地中海交易で実用化された。
      • 選択肢3.ユスティニアヌスは中国から養蚕技術を導入し絹織物業発展の基礎築いた。
      • 選択肢4.高麗・李氏朝鮮では科挙制は実施された。
  • 【32】競技について(地域年代バラバラ・正誤組合せ)
    • 正解は選択肢4.
      • a;誤り。ペルセポリスはアケメネス朝のダレイオス1世が建設しはじめ3代かけて完成。宝庫・ハーレム・謁見の広間・列柱殿の遺跡・豪華な大円柱や浮彫が王朝芸術の粋。アレクサンドロス大王に滅ぼされた。コロッセウムは古代ローマ円形闘技場
      • b;球戯場の誓いが行われたのはフランス。特権身分への課税要求に対して三部会を開くことになったが議決方式をめぐる対立で審議に入れなかった。そこで第三身分は国民議会と称して憲法が制定されるまで解散しないと宣言した。これがテニスコートの誓いである。
  • 【33】20世紀以降における米と日中の関係(時系列整序)
    • 正解は選択肢2;九か国条約はワシントン体制なので戦間期。ABCDラインは第二次大戦時。ニクソン訪中は1972年。
      • アメリカは第一次大戦における日本の拡張に対抗するべくワシントン体制で九か国条約と四か国条約を結び日本の動きを牽制した。九か国条約では門戸開放宣言(ヘイの三原則;門戸開放、機会均等、領土保全)を国際的に承認。1917年のアメリカ参戦後に日米間で結ばれた石井・ランシング協定(日本の二十一カ条要求の承認)は失効。日本は二十一カ条要求で得た山東半島の旧ドイツ権益を中国に返還することになった。四か国条約では米、英、日、仏で太平洋の現状維持を約束。日本は1919年のヴェルサイユ条約により赤道以北の旧ドイツ領南洋諸島(マリアナ諸島マーシャル諸島カロリン諸島など)を委任統治領として獲得していたが、この状態では日本が有利であるとして日英同盟が解消させられた。
      • フランスがドイツに降伏すると日本はヴィシー政府の許可を得て1940年9月に北部仏印進駐を行っていたが、1941年4月の日ソ中立条約を結んで北進論から南進論へと力を注ぐことになると、1941年7月には南部仏印にも進駐した。これに対してアメリカはABCD包囲陣を敷いて本の南方進出を牽制、日本への石油供給を停止した。
      • ヴェトナム戦争やドル危機に苦しんでいたアメリカは中ソ論争で中国でソ連が対立しているのを見ると、72年2月にニクソンが訪中した。日本にとってわりと衝撃的だったらしく72年7月に成立した田中角栄内閣は早々と9月に訪中を実現させ日中共同声明に調印したのだとか。
リード文C 囲碁
  • 【34】宇宙・天体に関する思想家の歴史(正誤組合せ)
    • 正解は選択肢2
      • a;正しい。宋学では宇宙論を展開。宇宙の原理と人間本来の心性の関連を追求した。理気二元論では宇宙の全ては宇宙の原理・法則である理と万物の物質的要素である気によって構成されていると説かれた。
      • b;誤り。アリスタルコスはヘレニズム文化で活躍した人物。太陽中心説を唱え、地球の自転と公転を唱えた。天動説を唱えたのはローマ文化のプトレマイオス
  • 【35】貞享暦に関する問題(空欄補充)
    • 残念ながら出題ミスとされてしまった問題。カンマの位置によって二通りに修飾できるように解釈されてしまうということ。まぁ勉強してきた受験世界史選択者なら【元-郭守敬-授時暦】で条件反射で答えるでしょう。
      • 出題者が意図した解釈…「貞享暦は【中国の(ア)の時代に(イ)によって作られた授時暦】を改訂して、日本の実情に合うようにしたものである」。つまり、以下のように書けば問題なかった。「中国の元の時代に郭守敬によって作られた授時暦を改定して、日本の実情に合うようにしたのが貞享暦である」と。
      • 出題ミスと指摘された解釈…「貞享暦は、中国の(ア)の時代に、【(イ)によって作られた授時暦】を改訂して、日本の実情にあうようにしたものである」。この解釈では、「貞享暦は、郭守敬によって作られた授時暦を改定して、(日本では江戸時代であるが)中国の清の時代に、日本の実情にあうようにしたものである」とも取れるということである。少し言いがかりくさいと思う。
  • 【36】長安に関する問題(同地域他時代・正文判定)
    • 正解は選択肢3の西安事件。張学良は父親が日本軍によって爆殺されたので国民党の蒋介石に下り北伐は完成された。しかし蒋介石は日本と戦わず安内攘外を唱えて共産党潰しに専念した。故に八一宣言で抗日民族統一戦線が提唱されると張学良は蒋介石を拉致。共産党周恩来の調停で国共内戦の停止が合意された。
      • 選択肢1;明の洪武帝が都を置いたのは南京。明王朝は江南を拠点に中国を統一した唯一の王朝。
      • 選択肢2;長征を終えた中国共産党が根拠地を置いたのは延安。長征開始は1934年10月。南京国民政府軍の包囲攻撃を受けて共産党は瑞金を放棄して大移動を開始した。35年1月の遵義会議において、モスクワ留学派からゲリラ戦を主張する毛沢東に党の指導権が移る。35年8月に八・一宣言。「抗日救国のために全同胞に告げる書」。日本帝国主義の侵略に対して、内戦の停止と抗日民族統一戦線の結成を訴えた。36年10月に陝西省北部の小都市;延安到着。瑞金から延安まで1万2500?を移動した。
      • 選択肢4;日中戦争中、国民政府が首都を移転したのは重慶。国民政府は南京陥落後も武漢、さらに奥地の重慶に遷都して、ソ連アメリカの支援を受けつつ、抗日戦を継続。日本は短期間で中国が屈服すると思っていたが、長期戦に突入した。