夏の色のノスタルジア「摩庭祥子」シナリオの感想・レビュー

祥子シナリオはグランドエンド。壊れた少女を救うことで壊れた自分が救われる少女救済の典型。
やはりヒロインは社会不適合者であるほうが良い。祥子のクーデレと逸脱っぷりをご堪能ください。
シナリオの最終局面で主人公くんが壊れていることを突きつけられていくのだが少し駆け足気味。
伏線回収のおもむきもあるが、それでもなかなか楽しむことができました。

摩庭祥子√の概要


  • 摩庭祥子の死体遺棄
    • 摩庭祥子はクーデレ娘。一風変わった価値観を持ち俗世とは交わらない感覚の持ち主です。そんな摩庭祥子と主人公くんの間には過去の呪縛がありました。主人公くんと摩庭祥子はウサギの飼育を通じて深い関係になるのですが、暗い汚点があったのです。それはとある夏の日のこと。摩庭祥子に呼び出されて集結した主人公くんたちグループは、彼女が男の顔を殴打しているところを見せつけられるのです。主人公くんは摩庭祥子が男を撲殺したと思い込むようになっていきますが、真相はどうだったのでしょうか?その背景には母親が父親をあまりにも理想化していたことがありました。
    • 摩庭祥子は死んだ父親のことを殆ど覚えて居なかったのですが、病床にあった母親がいつも父親のことを語ってくれました。その人物像はあまりにも聖人君子で、父親は一種の信仰対象として昇華されていきます。しかしその父親像はあくまでも母親の語る物語で、実際の父親は好色で女を漁る人物だったのです。ある時摩庭祥子は父親の書斎で性的な書物を見つけてしまい愕然とします。それだけならまだしも父親が不特定多数の異性と所謂「ハメ撮り」を行っている写真コレクションを見てしまうのです。これにより摩庭祥子は衝撃を受け、人間の「愛」について疑念が浮かぶようになります。母親が美人だったから父親に受け入れられたとしたら、病気でやせ衰えた容貌になったから愛が失われたのではないかと邪推するのです。
    • 母親は死を迎える際にも父親に拘り続けます。ある時偶然、自殺した男の遺体を見つけると、まるで宝物を発見したような気分になり、父親の偽装を思いつくのです。遺体の顔をメチャクチャにして分からなくすると、父親の遺品の服を着せ母の死に目に会わせます。母親は遺体であることにも気づかずに父親が最後に会いに来てくれたと満足して息を引き取ります。こうして摩庭祥子は母親は自分にとって都合の良い物語の中に生きていたことを悟り、自分も自身の物語の中に生きて良いのだと思い込むようになります。摩庭祥子は家の中に母親の死体と父親に見立てた自殺した男の死体と共に生きるようになったのでした。主人公くんは愛に関して疑問を感じる摩庭祥子に愛を教えながら狂った状態を直していきます。しかしまた主人公くんが一番壊れていたのです。



  • 主人公くんの過去の疵痕
    • 主人公くんが囚われ続けているのは両親の心中問題です。「両親の不仲な関係に対して自分が改善のために何かを出来たのではないか」という後悔と「両親の心中は無駄死にではなかった」との思いこみを引き摺っていくことになります。前者の後悔からは「人の感情が色で見えるようになる異能を獲得した」と自分を洗脳します。また後者の思い込みからは「母親は最終的に父親と和解し二人で死ぬことを受け入れた」という都合の良い物語を作り出していくことになったのです。しかし実際はそんなことは在りませんでした。感情を色で読めるということは全くの虚構で、主人公くんはその洞察力において人の感情の機微を推察していただけに過ぎなかったのです。そして両親を亡くした主人公くんたち兄妹を引き取ってくれた叔母から家を追い出されたのもそのことが原因だったのです。主人公くんはイモウトが近親相姦まがいのことをしたから追い出されたのだという都合のいい解釈を捏造するのですが、実際は好意でひきとった甥っ子(主人公くん)がまるで見透かすような視線を叔母に浴びせていたことに原因があったのでした。
    • 主人公くんの虚構の物語の二つ目は、無駄死についてです。人は一般的にいって無意味な死に耐えられません。そのため生きている理由を意味のない人生に見出し「〜のために死ぬ」という理想を描き出すのです。例えば特攻などは無謀な作戦による完全な命の使い潰しですが、そこに国家だの民族だの戦後のことなど様々な意味を見出す無意味な行為を遺族はやめられないのですね。同様に主人公くんは両親の心中の中にも意味があったんだという虚構を作り上げていくのでした。父親によって家が放火され母親を羽交い締めにする様子を目の当たりにした主人公くんは、最後に母親が父親を受け入れ抱き合って死んでいったんだという都合の良い解釈を自分に信じ込ませるようになっていくのでした。こうして摩庭祥子が摩庭祥子としての物語をつくっていたように、主人公くんは主人公くんの物語をつくっていたのです。お互いがお互いに壊れながら、現実と向き合うことになっていくのです。摩庭祥子の指摘により、主人公くんは物語の夢から覚めることになりました。ここで初めて主人公くんは両親の心中問題に対して涙を流すことが出来たのです。壊れた少女を救うことで壊れた主人公くんが救われるという少女救済の典型的なパターンですが、やはり少女救済モノはグッと来るね。最後に正面から摩庭祥子と向き合えるようになった主人公くんが名前呼びをして締める表現技法にはハラショーだ。