雑録

2016年1月16日実施 センター試験世界史B解説

みなさん、こんにちは。私の受け持ちクラスでは毎回センター試験の解説作りを行わせています。
以下は毎年書いていることですが、解説作りを行わせる趣旨です。

  • 実際に自分で解説を作ることで、自分が問題を説いた際の思考方法を認識することが出来ます。
  • 外れ選択肢の検討を行うことで周辺知識も身につきます。
  • クラスメイトが作った解説を読むことで意外な交流が生まれたりもします。

と、いうわけで教員が自分で解説を作っておかないと、生徒にも説得力がないので作りましたよ、っと。
詳しい解説は各種予備校のサイトを見た方が良いよ!

雑感としては【33】ユカタン半島-マヤ文明-二十進法が少し細かいくらいで後は基本事項ばかり。
頭を使いそうな問題も【12】のグラフ読み取りくらいですが、計算すら必要なく一目瞭然すぎる。

解説・コメント

  • 【1】人物史(皇帝) 正文選択
  • 【2】社会経済史(税制) 正文選択
    • 1:漢の武帝が行った専売は砂糖ではなく塩。受験生舐めすぎ。
    • 2:十分の一税は聖職者(教区の司祭)が教区民に課したのであり、聖職者に課されたのではない。
    • 3:正答。七年戦争後イギリス重商主義帝国が成立すると「有益なる怠慢」から転換し徴税を強化した。「代表なくして課税なし」は印紙法が出されたときのもの。ちなみに茶法ではボストン茶会事件が起こるが、紙芝居ゲーム『それちる』ではファミレスに行ったときにヒロインがティーバッグをボストン茶会事件と称してぶち込んでくるという粋なテキストが読める。


    • 4:ライヤットワーリー制は英領インド。英領インドの税制は二本立てであり、農民に土地保有権を与え直接徴税するライヤットワーリー制と地主・領主に土地所有権を与えて間接徴税するさせるザミンダーリー制がある。
  • 【4】地図 都市名と位置の組み合わせ
  • 【7】人物史(ピョートル1世) 正文選択
    • 1:ギリシア正教に改宗したのはウラディミル1世。
    • 2:ラクスマンを日本に派遣したのはエカチェリーナ2世。
    • 3:ステンカ=ラージンの反乱を鎮圧したのはアレクセイの時代。まぁアレクセイは覚えなくても良いがミハイル=ロマノフとピョートル1世の間に起こってたんだなぁと覚える。ロシアとコサックの関係はラノベ『遥か凍土のカナン』を読んでいれば解ける。
    • 4:正答。ピョートル1世はスウェーデンのカール12世と戦って勝利し、バルト海の覇者となりサンクト=ペテルブルクを建設した。
  • 【8】文化史(宮殿・都市) 正文選択
    • 1:光武帝に都とされたのは洛陽。鎬京は周の都。
    • 2:正答。マチュ=ピチュはペルー南部の石造りの都市遺跡。インカ族は巨石を使った優れた建築技術を持った。
    • 3:ヴェルサイユ宮殿ルイ14世バロック式。ロココ式はフリードリヒ2世のサン=スーシ宮殿。
    • 4:「世界の半分」はサファヴィー朝アッバース1世が遷都したイスファハーン。バビロンの繁栄は「バビロンの栄華」。浜島の資料集使っている人はバビロンの空中庭園のコラムを読んでいるはず。型月プレイヤーはギルガメシュ様のバビロンゲートを想起するはずなので解ける。
  • 【11】社会経済史(職業団体) 誤文選択
    • 1:正答。国民議会時代の諸改革でギルド制廃止。国民議会時代にはその他にアッシニア債の発行や度量衡の統一を行っている。
    • 2:同職ギルドは親方のみであり親方になるのは並大抵ではなく、親方になるための作品がマスター=ピースと呼ばれていた。
    • 3:正答。公行は清朝において広州で外国船貿易を独占した特許商人の組合。
    • 4:正答。会館・公所は明代。同郷・同業の商人職人が進出した各都市に建設し、親睦・互助に加えて、遠距離商人の活動拠点となった。
  • 【12】社会経済史(船舶) グラフ読み取り
  • 【13】政治史(イギリス立憲王政の確立) 年表挿入
  • 【14】戦間期 正文選択
    • 1:正答。世界恐慌が起こっても共和党フーヴァー政権は具体的な政策をとることができず、政府間債務の1年間支払い猶予宣言を行うが効果はなかった。
    • 2:第三回選挙法は19世紀自由党グラッドストン内閣で農業労働者と鉱山労働者に参政権が与えられた。第一次大戦後の総力戦による婦人参政権の付与は第4回選挙法改正。ロイド=ジョージ内閣である。
    • 3:スイスの独立が認められたのは1648年のウェストファリア条約。ついでにオランダの独立承認がなされたのもこの時。
    • 4:ブーランジェ事件はフランス第三共和政。対独強硬論者として国民的人気を集めていた元陸相ブーランジェの周辺に反共和勢力が集まり、軍部独裁政府の樹立が企てられた事件。第三共和政は危機に陥るが、クーデター決行寸前となったが将軍は合法路線を目指したので運動は挫折した。
  • 【15】政治史(法制史) 正誤組み合わせ
    • a.審査法(1673)では清教徒革命後の王政復古で即位したチャールズ2世がカトリックを信仰させようとしたため、非国教徒が公職に就くことを禁じた。
    • b.バスティーユ監獄の襲撃(1789.7.14)が起こった理由は1789.7.11に優柔不断なルイ16世がネッケルを罷免をしたためパリ市民の不満が高まってデモが激化したから。1791.4に宮廷と議会の調停をしていた穏健貴族ミラボーが死ぬとヴァレンヌ逃亡事件(6月)が起こったが失敗。8月にオーストリアプロイセンはピルニッツ宣言で対仏共同警告をした。
  • 【16】宗教史(儒教) 誤文選択
    • 1:正文。唐代に孔穎達の『五経正義』が科挙のテキストとなる。
    • 2:正文。六諭とは1397年に洪武帝が民衆教化のために発布した6カ条の教訓。里老人が毎月6回唱えて回った。儒教道徳を徹底することで里甲制を補完し、従順な民衆の育成を図った。
    • 3:正文。朝鮮は朱子学を導入して科挙を整備した。清王朝に服属したが、小中華思想により自らが中華の正当な後継者と自負した。
    • 4:誤文。漢代にはヴェトナムは独立していない。マンガ『ディエンビエンフー』を読んでいれば微姉妹の反乱で後漢と戦って敗れていることが分かる。ヴェトナムが中国から独立するのは唐の滅亡後である。黎朝は1428年に明を撃退して建国した。
  • 【18】社会経済史(戦後中国) 年表挿入
    • 改革開放のもとで「人民公社の解体が始まった時期」を挿入する問題。あくまでも「人民公社解体の時期」が求められている。改革開放は文化大革命以後の訒小平の政策。1976年に周恩来毛沢東が死去したことが文革終了の契機となるので、周恩来死去と南巡講話の間に挿入すれば良い。高校生の時、周恩来毛沢東が同年に死ぬとかなんかあったんじゃね?とか思ってた。
    • 改革開放
      • 1978年以降、訒小平の指導下におこなわれた経済改革と対外経済開放政策。人民公社の解体、農産物価格の自由化などに加え、対外経済開放の拠点として「経済特区」が設けられ、外資や技術の導入が進んだ。
    • 南巡講話
      • 天安門事件後、西側の経済制裁や中国内の保守派の抵抗で改革開放政策抑制されていた。こうした状況を打破するため、訒小平は改革開放の意義を強調し、推進の号令をかけた。
  • 【19】軍事史(戦争) 正誤組み合わせ
    • a.正文。前480年サラミスの海戦ではテミストクレスが市民全員を船で待避させ、ペルシア艦隊をせまいサラミス水道に誘い込んで勝利した。無産市民も三段櫂船の漕ぎ手として活躍したので戦争後発言権が高まった。「戦争と社会契約」を説明する際に、「戦争動員による戦後の地位上昇」の例としてサラミスの海戦は引き合いに出されるので覚えておこう。
    • b.誤文。カイロネイアの戦いではマケドニアアテネ・テーベの連合軍を破る。マンガ『ヒストリエ』を読んでいれば分かる。
  • 【21】社会経済史(人口移動) 正文選択
    • 1:正文。マジャール人はレヒフェルトの戦いでオットー1世に敗れパンノニア平原に定住しキリスト教化した。11世紀に教皇から王国と認められた。
    • 2:誤文。モンゴル軍はバトゥが西征しワール=シュタットの戦いでドイツ・ポーランド連合軍を破るがハンガリーで皇帝オゴタイの訃報に接し引き返してしまった。
    • 3:誤文。ブルガリア王国を建国したのブルガール人である。フン人はアッティラ指揮下に大帝国を築いたがその死後まもなく瓦解した。
    • 4:誤文。オスマン帝国のバヤジット1世について分かってるかどうか問題。バヤジット1世は1396年のニコポリスの戦いではジギスムント率いる十字軍を撃破しているが、1402年のアンカラの戦いでティムールに敗北。オスマン帝国は一時断絶することになる。
  • 【22】地図 地名と位置の組み合わせ
    • 中学レベルで受験生舐めすぎ。イギリスが清から割譲させた云々というところまではいいが、その選択肢が香港と台湾って・・・。せめて威海衛とか九竜半島とか出せよ。台湾は日清戦争で日本が領有することになったし台湾の位置が分からない高校生なんていいるのか?日本の知的レベルが少し心配になる問題である。
  • 【24】政治史(戦後国際政治) 正文選択
    • 1:正文。第二次大戦後、アジアが赤化するなかでアメリカは軍事同盟網を結んで対抗。オーストラリアが参加した反共同盟網は1951年9月の豪州・NZ・合衆国におる集団防衛条約である太平洋安全保障条約(ANZUS)と1954年9月の米,英,仏,豪,NZ,比,タイ,パキスタンの8か国反共軍事同盟である東南アジア条約機構(SEATO)が有名。
    • 2:誤文。コミンテルンは第二次大戦中ソ連が連合国入りする時に解散された。
    • 3:誤文。四カ国条約はワシントン体制の日本封じ込め政策だから戦間期
    • 4:誤文。パクス=ブリタニカは19世紀であり、第二次大戦後はパクス=アメリカーナ。
  • 【25】外交史(第一次大戦中の秘密外交) 空欄補充組み合わせ
    • はいはいイギリス三枚舌外交でござい。イギリスはサイクス=ピコ協定でトルコ領の分割を露仏と画策しながら、トルコに対するアラブ反乱を促すためにフサイン=マクマホン協定でアラブの独立を約束しつつ、ユダヤ人から資金援助を引き出すためにバルフォア宣言ユダヤ人国家建設を支持したという鬼畜っぷりはあまりにも有名。レーニン第一次大戦帝国主義戦争と批判したため、正義のイデオロギーで肯定せざるを得なくなったアメリカのウィルソンは十四カ条の平和原則を出して対抗した。平和十原則は第二次大戦後にアジア・アフリカ会議の時。
  • 【29】宗教史(異地域・異時代) 正文選択
    • 1:正文。新王国ではテーベの守護神アモン神の神官勢力が強まったため、アメンホテップ4世は宗教改革を行った。テル=エル=マアルナに遷都し、イクナートンと改称、アトン一神教を信仰した。
    • 2:誤文。バーブ教徒の乱はカージャール朝時代。バーブ教徒の乱は、1848〜52年に起こったカージャール朝の封建的体制と英露の外国勢力に反対したイラン民衆の反乱である。バーブ教はサイイド=アリー=ムハンマドが始めたイスラーム教シーア派系の神秘主義的新宗派。反乱とバーブ教は直接関係なかったが、反乱に参加した貧農にはバーブ教徒が多かった。
    • 3:誤文。ツヴィングリが宗教改革を行ったのはチューリヒカルヴァンと混同させるならジュネーブにすればいいのにね。なんでプラハなん?スイスですらない。多分ドイツ三十年戦争の直接の契機となったプラハ王宮窓外追放事件を意識しているのだろう。
    • 4:誤文。白蓮教は明代末期に消滅していない。受験知識でも清朝乾隆帝が退位したらソッコー嘉慶白蓮教徒の乱が起こったのは基礎知識でしょーに。
  • 【33】周辺地域史(古アメリカ文明) 空欄補充組み合わせ
    • 中央アメリカときた時点でアステカとマヤを選択肢にしたところは評価できるが「ユカタン半島」「精密な暦法」というヒントからマヤ文明であると分かる。そして進法問題だがちょっと細かいかも知れない。用語集頻度「3」だし。マヤ文明では0・1・5の記号が用いられ20で繰り上がるという表記法を用いていた。
  • 【34】宗教史(仏教) 誤文選択
    • 1:正文。タイで上座部仏教が信仰されているのは中1地理で習う。
    • 2:誤文。玄奘は天竺(インド)から仏典を持ち帰った。モンゴルではない。幼稚園の時に絵本だか紙芝居だか人形劇で『西遊記』読むでしょうに。あと『ドラゴンボール』も西遊記がモチーフでキャラ名もそのまんま。
    • 3:正文。シュリーヴィジャヤ(7〜14C)はパレンバンを中心に海上交易を支配し繁栄。唐僧義浄が大乗仏教の興隆を記している。
    • 4:正文。高麗版大蔵経はモンゴル軍撃退を祈念したものとして有名。1236年から15年間で8万余りの版木が彫られた。
  • 【35】宗教史(19世紀中国キリスト教) 空欄補充組み合わせ
    • 19世紀後半の中国における反キリスト教運動の選択肢が仇教運動と新文化運動の時点でぬるすぎ。新文化運動は第一次大戦中の北京大学を中心とする大衆啓蒙運動。「科学と民主」がスローガン。帝国書院の『新詳世界史B』のコラムでは魯迅が中国の人々を啓蒙することについて苦悩した結果文学の力でそれを試みる経緯が紹介されている。

かりにだね、鉄の部屋があるとするよ。窓はひとつもないし、壊すことも絶対にできんのだ。…いま大声を出して、まだ多少意識のある数人をおこしたとすると、この少数の者に、どうせ助かりっこない臨終の苦しみを与えることになるが、それでも気の毒と思わんかね。 魯迅「吶喊 自序」

    • 中国近現代史は四文字熟語のスローガンが大好き!
      • 滅満興漢→洪秀全率いる上帝会が太平天国の乱の時に唱えた。
      • 中体西用→洋務運動。社会そのものの変革は目指さず小手先の技術に留まり失敗。
      • 変法自強→康有為×光緒帝の戊戌の変法で改革を目指すが戊戌の政変であっけなく失敗。
      • 扶清滅洋→義和団が唱える。その結果釣られた西太后が列強に宣戦布告しちゃってフルボッコ
  • 【36】政治史(アジアのナショナリズム) 正誤組み合わせ
    • a.誤文。せっかく「タキン党」を文中に入れているのに、フィリピンを植民地したのはスペインとアメリカでありイギリスではないことから誤文と分かってしまう残念な文章。タキン党はビルマ。「われらビルマ人の会」の別称。独立運動を推進した。
    • b.正文。インド国民会議で覚えるのはボンベイ大会・カルカッタ大会・ラホール大会の3つ。設問のスワデーシは1905年のベンガル分割令に反対したカルカッタ大会の時に決議された。英貨排斥・スワデーシ(国産品愛用)、スワラージ(民族の自治)、民族教育がティラクの指導で打ち出された。