フローラル・フローラブ「柾鷹と過去からの解放編」の感想・レビュー

孤児院出身の主人公;柾鷹が「善意からの隠蔽」に苦しみながらも過去を清算し、自分を受け入れるはなし。
孤児院モノは読んでいて井上ひさしゲー(「握手」や「あくる朝の蝉」)を彷彿とさせますね。
幼少期に教育を受けなかったことから来る生活習慣の不得手コンプレックスが炸裂する。
テーブルマナーを学ぶ機会が無かった柾鷹がヒロインから貰ったケーキを巧く食べられず恥辱に塗れます。
唐突に『シンフォニック=レイン』で孤児出身の完璧ヒロインが文字を巧く書けなかったことを思い出した。
で、柾鷹が自分を受け入れたことで自罰の意識から解放されると、ヒロインを攻略できるようなります。

過去からの解放


  • 第1の隠蔽:柾鷹は震災孤児
    • 柾鷹はホントウは震災孤児でした。今まで母親と思っていた女は、不注意で自分の本当の赤ん坊を死亡させてしまったため、夫にばれないようにドサクサに紛れて震災孤児を自分の子どもとしてしまったのです。こうして震災孤児は「柾鷹」として育てられることになります。しかしウソはバレるものであり、訝しんだ父親がDNA鑑定を実行→→自分の子ではないと分かると、家族を捨てて家を出てしまいました。こうして収入源が断たれ貧困に喘ぐようになった母は、柾鷹を家に閉じ込めると育児放棄したのでした。柾鷹は飢餓に苦しみ生死の間を彷徨います。ネズミに殺されそうになるくらい衰弱した柾鷹はようやく救出され救済院に引き取られたのでした。柾鷹の怨念は家族を捨てた父親に向かい、母親から虐待されても、母に盲従していました。そのため母の許可なく食べ物を口にはできないと固く信じ込み、救済院の食事にも手をつけなかったのです。この支配から解き放ってくれたのがメインヒロインの美鳩夏乃であり、分け隔てないアガペーは主人公くんを救ったのでした。「本当は震災孤児であり、実母だと思い込んでいた母とは何の関係も無かった」という事実は柾鷹に隠蔽されることになります。周囲の意図としては、柾鷹が苦しまないように善意から隠したのですが、それが故に柾鷹は思い悩むことになります。


  • 第2の隠蔽:不器用な養父
    • 柾鷹はしばらくの間救済院で過ごすのですが、母親自殺のお知らせ。柾鷹は発狂して自宅のマンションに戻り、そこで火災に見舞われます。この火災で柾鷹は「夏乃に仕えていた爺やの息子」に救われます。しかし息子は柾鷹の命と引き換えに死亡。この後、柾鷹は爺やの養子となるのですが、柾鷹は「自分は爺やの実子の代償である」と思い込むようになったのです。柾鷹と養父は確かに愛情によって繋がっていましたし、お互いを大切にしていました。しかし言葉にしないと分からないことも多々あります。不器用な養父は自ら意図するところを柾鷹に話さなかったため、柾鷹を苦しめることになっていきます。養父は柾鷹を実子の代償ではなく、本当に自分の子どもとして見なしていました。しかし実子を厳しく育てすぎて反発されてしまったため、柾鷹には自由にさせてやろうと躾をすることに躊躇してしまったのです。ですが自由と二グレクトは紙一重であり、これにより柾鷹は基本的なテーブルマナーを身に付ける機会を失ってしまいます。
    • 柾鷹にとってナイフやフォークは飢餓の時に襲ってきたネズミを逆に殺して食うための武器でした。故にテーブルマナーを学んでいないことが柾鷹のコンプレックスとなっていったのです。そしてこのことはついに「黒髪ヒロインのミルフィーユ事件」でPTSDを発動させてしまいます。黒髪ヒロインがお礼と称して作ってきたミルフィーユを上手く食べることができない柾鷹は過去のトラウマがフラッシュバック。夏乃の邸宅にお呼ばれした際に階級格差を感じ、異物を見るように扱われた恥辱が襲い掛かります。自分だけが周囲に馴染むことができない異分子であることに苛まされてしまうのです。他人を信じられず、自分すら信じられず、他者からの善意を信じられない柾鷹の描写は結構面白いのでおススメ。
    • 養父の善意による過去の隠蔽は、養父のエゴからくるものでした。養父は柾鷹の事が大好きであったため、手放したくありませんでした。そのため柾鷹に過去をめぐる血縁関係問題が発生すると、気づかれないように処理してしまおうとしたのです。火事関係の記事をインターネットや新聞記事からもみ消し、柾鷹が調べてまとめたスクラップブックを奪い、これ以上捜査をできないように圧力までかけてきます。しかしこれらは全て柾鷹を思う養父の気持ちからきていたものだったのです。常に「自分は代償である」と懊悩を重ねた柾鷹と、「柾鷹を手放したくない」というエゴを知られたくない養父の悲しいすれ違い・・・。これらが柾鷹過去編の終局部でネタ晴らしされ、二人はついに心からの情交を深めるのでした。みんなが「善意」をもっているが故の相克や対立を描けていて、わりとググっときました。