全国社会科教育学会 第66回 全国研究大会 第2日 10月29日(日)

印象に残ったのは「歴史家のように読む」史料読解学習、外国人で教科教育の研究職となった人々のライフヒストリーアメリカの歴史教育、全社学のパラダイムの転換など。随分とアメリカ教育界の影響を受けており、歴史教育ではワインバーグ、ヴァンスレッドライト、バートン&レブステイクが大きくクローズアップされて紹介されていた。全社学のパラダイムの転換については以下の通り。従来の教科教育では授業実践を帰納して理論化し、その理論を他の授業に演繹するタイプが主流であった。だが多くの学会参加者や教員にとっては、一番重要であろう理論の部分よりも実際に行った授業の指導案の方に需要があったのである。故に、授業実践→帰納→理論化→演繹→他の授業というパラダイムを転換させねばならないということがしきりに唱えられていた。

ポスターセッション「米国における歴史学歴史教育の関係をめぐる論争」

ワインバーグ
  • 代表的書籍
    • Historical Thinking and Other Unnatural Acts(2001)
  • その他の主な著書
    • Reading like a Historian(2013)
  • RQ(リサーチクエスチョン)
    • なぜ私たちは歴史を学ばなければならないのか。
  • RQへの回答
    • 特に民主主義建設や異文化理解に寄与する、日常で獲得困難な歴史学の思考作法(歴史的思考)の部分を習得するため。
  • 歴史教育で拘っていること
    • まずは歴史学ディシプリン
      • 歴史学の思考作法や内容のうち、特に民主主義社会の建設に貢献できて育成の難しい部分を精選・焦点化=結果、「文脈に即して考える思考」「情報源を確かめる思考」、そして社会史を重視。
      • 上以外の歴史学の思考作法の民主主義社会建設への貢献可能性の拡大も模索する。
    • 良い授業、悪い授業の評価基準
      • 歴史学の思考作法に忠実な授業VS歴史学の思考作法に基づかない授業

ワインバーグは……米国の歴史教育改革をめぐる議論が、どんな内容を教えるべきかにばかりに集中しており、どんな思考を「なぜ」教えるのかについての議論が弱いこうとを指摘している。その上で、歴史学の訓練を受けていない者たちが過去を解釈するとき、その時代の文脈を無視し、現在の常識を無防備に当てはめる傾向にあることを指摘し、歴史学の専門的教養を持つ者は、現在の常識が過去に通じるとは限らないと慎重な姿勢で過去の人物の行為の理解に臨む「学問の思考作法」(「エンパシー」と近年では表現されている)を持っていることを実証研究から解明する。これは自然には身に付きにくい思考形態であり、そしてまた私たちの社会の常識を相対化する目を保証し、異文化・他者理解につながるという、歴史教育でしか育成できない民主主義社会の建設への貢献を期待できる部分であるとして、ワインバーグはこうした思考の育成を奨励する。

レヴステイク&バートン
  • 代表的書籍
    • Teaching History for the Common Good(2004)
  • その他の主な著書
  • RQ(リサーチクエスチョン)
    • なぜ私たちは歴史を学ばなければならないのか。
  • RQへの回答
    • 参加型民主主義の建設や他者への貢献が可能となる多様な歴史の学び(作法・知識)を学ぶため。これに貢献しない学びを理解するため。
  • 歴史教育で拘っていること
    • まずは参加型民主主義への貢献。
      • 歴史学の思考作法や内容にはこだわらず、広く歴史教育の可能性を追究。
      • 同時に、民主主義に貢献しない歴史教育についても検討。歴史学の思考作法に基づいていても、結果として民主主義に貢献しない結果を子どもにもたらす教育なら批判対象となる。
  • 良い授業、悪い授業の評価基準
    • 参加多元的民主主義に貢献する授業VS参加多元的民主主義に貢献しない授業

レヴステイクスらのねらいは、ワインバーグらが歴史学の学問的ディシプリンを重視したことの影響もあり、米国の歴史教育をめぐる議論が専ら「分析的スタンス」の「歴史家のように探求する」アプローチに集中している実態があることに対して、(1)他の様々なアプローチを示して歴史教育の選択肢を増やすこと、(2)それぞれの選択肢の民主主義社会建設への貢献可能性を示すこと、(3)実証研究の成果から「歴史家のように資料を読む」アプローチの限界を示すことなどにあった。

……(3)を達成するために、アマースト・プロジェクトを行ったある合衆国の教室の観察記録から、生徒が「レキシントンで最初の銃声を挙げたのは誰か」という歴史解釈論争を途中からあまり真剣に議論しなくなり、証拠に基づかない物語を語ることに耽った事実を確認し、北アイルランドでの同アプローチによる授業が異なった結果をもたらした事例と比較して、両者の違いが生じた理由は、合衆国の生徒の能力不足ではなく、彼らが上の問いを真剣に考えるための動機を見つけられない(さらに両国間に歴史学習をめぐる社会的文脈が異なる)ことがあると指摘した。

…あるカリキュラムや授業をなぜ教えるのか教師に考えさせ民主主義への貢献という大目標を意識させること(=「エイムス・トーク」)は、歴史を教える意義や課題を彼らに理解させ、教える動機を呼び起こす効果があることを明らかにし、教師教育にも有効な応用ができることを示唆した。併せて、認知構造の変革が人々の行動に大きな影響を与えるというショーマンらの主知主義のスタンスを否定し、「文脈・動機主義」(ワーチの社会的文化的理論)のスタンスから生徒+教師の学びを解釈することの重要性を提唱した。

ヴァンスレッドライト
  • 代表的書籍
    • The Challenge of Rethinking History Education(2011)
  • その他の主な著書
    • In Search of American Past(2002)
    • Assessing Historical Thinking and Understanding(2013)
  • RQ(リサーチクエスチョン)
    • どうやって(HOW)歴史的思考と理解を生徒児童に育てていくか。
  • RQへの回答
    • 児童生徒の歴史的思考の発達段階や学びの実態を明らかにして、教師はこれに基づいて、その子にできる範囲でできることをしていく。
  • 歴史教育で拘っていること
    • 歴史学の思考作法は全て民主主義に役立つと考える。歴史学の研究成果である内容について彼がどう考えているのかは分からない。(内容選択基準が見えない)
    • 歴史教育を成功させるには、教師たちの歴史学の思考作法を学ばせる歴史教育に関する知識と、子どもたちの歴史理解についての知識が鍵となる。
  • 良い授業、悪い授業の評価基準
    • 探究アプローチの授業VS集団的記憶アプローチの授業

……合衆国の高校歴史教師ブリントンとトッドの2人の授業が対比される。ブリントンはリンカーン大統領を尊敬しており、その英雄像を生徒に記憶して欲しいと考え、授業では彼の偉人伝を軽妙に語る(集団的記憶アプローチ)。一方、トッドは、生徒らに証拠資料に基づく歴史解釈を作らせたいと考え、生徒に当時の新聞記事や写真などを読み取らせ、トッドが設定した問いに答えさせる(探究アプローチ型授業)。ヴァンスレッドライトはブリントンのアプローチが合衆国で非常に広く見られる一方で、トッドの革新的アプローチも1970年代には既に登場していた(例えばアマースト・プロジェクト)ことを指摘する。

……探究アプローチ型を採用する歴史教師のベッカー……の授業を成立させているために教師側に必要となるヴァンスレッドライトが考える3つの知識「前面的知識」(一般的な意味の「歴史」で、過去を解釈した結果の生産物)・「背景的知識」(過去を解釈し理解するための概念や思考<例えば因果関係、意味、歴史的文脈>)、「手続き的・方略的知識」(証拠に基づいた歴史的解釈を構築する上での手続きの知識)が説明される。

彼らの背景にある学問の違い
  • レヴステイク&バートン
    • 大学時代の学び
    • 大学院時代の学び
      • (社会科教育学)
    • 大学院
      • ケンタッキー大学(州立)
    • 大学院指導教員(または思想的に影響を受けた人)
      • (心理学:ジェームズ・ワーチ、J・ギブソンなど)
      • (社会科など教科教育の考え方:スティーブンソン・ソーントン<ネル・ノディングスの弟子>)
彼らの経験の違い
  • ワインバーグ
    • 学校現場での経験
      • 高校歴史教師
    • 調査対象(人)
      • 教師、大学生、比較的優秀な高校生が多い。
    • 調査対象(国・地域)
      • ほぼ合衆国だけ。
  • レヴステイク&バートン
    • 学校現場での経験
      • 小中学校の歴史教師
    • 調査対象(人)
      • 小中学生が多い(最近は教師も調査対象)
    • 調査対象(国・地域)
  • ヴァンスレッドライト
    • 学校現場での経験
      • 小学校の教師(主に高学年)
    • 調査対象(人)
      • 小学生が多い(最近は教師も調査対象)
    • 調査対象(国・地域)
      • ほぼ合衆国だけ