雑録

【史料】『満州観光連盟報』に見る満洲国の観光国策

満洲国の観光国策は、1937年に国務院総務庁情報処(のち弘報処)内に設置された観光委員会が統率した。観光委員会は鉄道総局旅客課内に事業機関として満洲観光連盟を設置し、各地の観光協会を加盟させた。観光委員会は満洲観光連盟を指導することによって満洲国の観光国策を展開したのである。この満洲観光連盟が発行していた観光協会間の連絡誌が『満洲観光連盟報』である。この雑誌には満洲観光が国策としてどのような意義があるのか、理論化・理由付けするための論稿がたびたび掲載される。故にこれらの論稿を分析することで、満洲国の観光国策が年代ごとにどのような意義づけをしようとしていることが分かるのである。ここでは『満洲観光連盟報』に掲載された諸論文のうち観光の意義づけに関するものをまとめておく。

満洲観光連盟報』4(5)、満洲観光連盟、1940

「突撃隊 哈爾濱観光協会童顔主事」『満洲観光連盟報』4(5)、満洲観光連盟、1940、32頁

  • 哈爾濱観光の目的 白人征服の鍛錬道場
    • 「単に異国情緒を満喫させるだけが観光哈爾濱の使命じゃない。哈爾濱こそは、吾々日本人の外人征服の道場なんだから。この意味分かるかネ。ナニ分らん?駄目だナア。つまりナンダ、日本人は碧い眼の人種となるとどんなアンポンタンだらうと、吾々より遥に文明人であるかの様に考へ、徒に崇拝する。アリヤいかんネ。彼等より吾々日本人の方が数等勝れた人種であり、文化人であることを自覚しないからだ。そこでだ。彼等が何も神様の如く偉くなく、下等動物みたいな奴等だと云ふことを身を以て体験することが必要なんだ。それには外人の女を征服すれば君イ、外人なんてもう屁のカツパだよ。大いに自信の出来てくること覿面だ。どうだ分つたかネ。哈爾濱は実に外人征服精神を鍛練する唯一の道場だと云ふ意味がワハハ………」(「突撃隊 哈爾濱観光協会童顔主事」、『満洲観光連盟報』4(5)、満洲観光連盟、1940、32頁)

「国土宣揚観光報国の熱誠こめて 第1回観光週間実施さる」『満洲観光連盟報』4(5)、満洲観光連盟、1940、33頁

  • 国の光を世界に観す
    • 「観光とは国の光を世界に観すことである、一地方、一都市、一国の正しい事情を、その土地、その都市、その国に住む者に知らしめる許りでなく、広く他の土地、他の国に住む者に紹介することである。それは、相互の理解と友好を増し、やがて正しい国際間の平和と協調に貢献し、真の理解による国際親善の美しい宝を結び、その国の国際的地位の向上となり、貿易を隆盛ならしめ、自国品の輝しい海外進出の進路を開拓することとなるのである。又外国をして躍進する自国の国情と平和を愛好する国民の真価を充分認識せしめるならば、それは、その国その国民に対する尊敬と信頼のかたちとなつて表はれてくるのである。斯く観光事業は幾多の指標を持ち国家社会の利益と進歩の源泉となるであつて、その効果の如何は一国の消長に迄影響を与へるものである。我が満洲国は建国以来9年を経、内に産業の勃興発達と、外に友邦各国間の親善を増しつつあるとは謂へ、尚国内一般の智徳徳育を初め、民族協和精神を基調とした、高い国際的意義を涵養することが今日の急務たることは言を俟たない。これなくしては、満洲国の国際的品位向上は望めないのである。以上の見地に基づき、今般全満一斉に、第1回観光週間を実施し、その地方その都市の持つ誇を一般に紹介認識せしむると共に、更に、国民大衆に観光の根本観念を植付け、以て文化方面よりの国民の向上を図らむとするものである。」(「国土宣揚観光報国の熱誠こめて 第1回観光週間実施さる」、『満洲観光連盟報』4(5)、満洲観光連盟、1940、33頁)

満洲観光連盟報』5(1)、満洲観光連盟、1941

関東軍報道班長 長谷川宇一「世界新秩序の前進と満洲観光」『満洲観光連盟報』5(1)、満洲観光連盟、1941、2-3頁

  • 満洲国を観ることは、世界新秩序同盟を観ること
    • 「〔……〕日本肇国精神、換言すれば世界新秩序同盟の精神を建国と同時に実行しつつある見本は、この満洲国である。然りとすれば、この満洲国を観ることは、世界史新秩序同盟諸邦の指す所を、如実に観ることであり、その意味で、満洲国は、現在の長所も短所も、これ等同盟諸国、寧ろこれから加盟せんとする国々の人に、良く観せたいものである。先般、協和会全国連合協議会が新京に開かれると、日本と中国とから数名の見学者があつて、熱心に見聞して帰国されたが、あれは新体制への発足に対する一つの要求であつた。これと同様に、世界新秩序への発足として、満洲観光は、従来の観光といふ字を使ふのが一寸気がひける程、厳粛な意味で大いに必要である。」(関東軍報道班長 長谷川宇一「世界新秩序の前進と満洲観光」『満洲観光連盟報』5(1)、満洲観光連盟、1941、3頁)
  • 物見遊山から建設のための観光へ
    • 「〔……〕観光の重点、施設、これ等が手軽く必要な人に知らされるように、絶えず宣伝されることも怠つてはならぬ要事である。金持の英米人をのみ相手とした観光、物見遊山をのみ目的とした観光から、今や建設のための観光に突進しつつある。」(関東軍報道班長 長谷川宇一「世界新秩序の前進と満洲観光」『満洲観光連盟報』5(1)、満洲観光連盟、1941、3頁)

八田嘉明「文化政策としての観光事業」『満洲観光連盟報』5(1)、満洲観光連盟、1941、4-5頁

  • 八田嘉明→1932年南満州鉄道株式会社副総裁、1941年東條内閣鉄道大臣
  • 東亜の真の姿を正しく観て貰いたい
    • 「〔……〕日満支を一体として観た観光事業の主眼点はどこにあるかと申せば欧米のそれの如くに経済上の目的もさることながら、それよりも大切なことは東洋の五千年の歴史を有する光輝ある文化といふか、東亜の真の姿を親しく観て貰ひたいといふことである。即ちその大眼目は東洋文化を遍く紹介し、その交流によつて列国との親善関係に寄与せんとするにある。固より文化紹介を指標とするからと云ふて経済的施設を看却してはならぬ事は申す迄もないが、また反対に経済的運営のみに捉はれて、文化工作を第二義的に考へる事は茲でいふ観光事業の趣旨から逸脱すると云ふべきである。」(八田嘉明「文化政策としての観光事業」『満洲観光連盟報』5(1)、満洲観光連盟、1941、4頁)
  • 多数の人々の熱心なる関心
    • 「何事もそうであるが、殊に文化の紹介は独り当事者のみの関心に委ねられるべきではない。多数の人々の熱心なる関心を呼び起こしてこそ、初めて目的を達せられるのである。出来るだけ多数の人々に来た観て貰ふことである。そうすれば東洋文化の神髄は立所に理解して貰へるのである。そこで先づ第一の手段はどうしたら観て貰へるかと云ふことであつて、その手段さへ樹てばその他の方策は自ら講ぜらるべきである。それには外に向つて外客誘致の手段を考究すると同時に内にあつては各方面に観光観念を植えつける事が必要である。斯くて各方面に関心が喚起された後は関係当事者間に完全なる連絡をとり滑かなる融合体としてチグハグのない形を整へねばならぬ。」(八田嘉明「文化政策としての観光事業」『満洲観光連盟報』5(1)、満洲観光連盟、1941、4頁)
  • 東亜新秩序と満洲観光
    • 「日満支三国は政治に経済にまた文化に各方面に亘つて相互に相助け手を繋いで東亜新秩序建設の基礎を固めねばならぬ秋である。善隣友好、経済提携、共同防衛の実現を期し、同時に新文化を創造せねばならぬ。文化政策としての観光事業は此の点から極めて重大な使命を持つてゐる。即ち先づ東亜共栄圏内に於て相互の文化的理解を深め、その向上発展に資すると同時に、進んで世界各国並に各民族の間に絢爛たる東洋文化の真体を普及徹底せしめ、真の国民外交の実を挙げるためには観光事業が極めて有効だと信ずる。」(八田嘉明「文化政策としての観光事業」『満洲観光連盟報』5(1)、満洲観光連盟、1941、5頁)
    • 「「来て貰ひたい」の指標の次に来るべきものは「知つて貰いたい」「正しい認識をして欲しい」といふことであつて、文化政策としての観光事業の意義もここにある。日満支三国の相互理解が完全なれば東亜新秩序の建設も完遂せられ、国際的理解が深められれば真の平和に立脚する世界新秩序建設の可能性もそれだけ増大する。観光事業の果すべき文化的使命は決して小さくはないのである。」(八田嘉明「文化政策としての観光事業」『満洲観光連盟報』5(1)、満洲観光連盟、1941、5頁)
  • 観光と満洲国の独立性
    • 満洲国が短時日の間に之だけ国の内容、外観を整備するに至つたことは世界でも稀れに見る例である。満洲建国以来のこの驚異的発展の有様を親しく観せることによつて東洋民族の偉大性と文化を確かり把握せしむることが出来よう。また、満洲国の独立性に関し屡々疑惑の眼を差向ける人々もこの国が日本と不可分の関係に於て立派に独立国として発達しつつある実情を観ればその誤解も直ちに氷解するのである。」

野間口英喜「厚生運動と観光国策」『満洲観光連盟報』5(1)、満洲観光連盟、1941、6-7頁

  • 野間口英喜→満鉄常務理事・理事兼任(1939年7月24日)、満鉄理事(1941年7月24日)
  • 総力戦と厚生運動
    • 「全国民の労働力-頭脳的にも、筋肉的にも-を最も高度に発揮しなければならない、現時局下に於て、其の労働力を補強、培養すべき重要な一方策として、最近国民的な厚生運動が特に活発になってきたのは当然なことである。ヒットラーが、歴史上未曾有の大厚生施設である揚言してゐる、有名な歓喜力行団(K・D・F)では、労働力は、国家最大の資源であるから、それによつて生じた疲労の回復は、国民各個の権利である、と云ふよりも、寧ろ国家が、労働者と、その傭主に課した義務である、との解釈のもとに、労働の余暇を善用し、凡ゆる国家的な厚生運動に依つて、労働力の蓄積に成功していることは衆知の通りである。」(野間口英喜「厚生運動と観光国策」『満洲観光連盟報』5(1)、満洲観光連盟、1941、6頁)
  • 厚生と観光と満洲
    • 「一体、此の"厚生"と云ふ文字は、国民の生活内容を豊富にすることを意味するものであるが、最近では、此の用語に特別の内容をもたせて、国民の日常生活で、余暇を善用して、正しい慰安と、教養によつて、人格を陶冶し、心身を鍛練して、国民の精神と体位の向上を計り、延いては、生活刷新の実をも挙げやうとする各種の催しや企てを厚生運動と云つてゐるやうであるが、之を一口に、平たく云えば、”仕事の余暇の善用により、明日への労働力を貯へる運動”と言つても差支へあるまい。そして、其の重要な運動として取上げられたのが、国民の体位向上と、国民的な健全娯楽の問題である。〔……〕私は”観光”が、健全娯楽として、それ等の音楽、演劇、映画や文学と同じ高さにあり、然も変化に富み、且つ体位の向上をも兼ねてゐるところに一日の長があるのではないかと信ずるものである。〔……〕歓喜力行団(K・D・F)が、今日のやうに世界的に知られてきたのも、主として其の”休暇倶楽部”の組織であることは、論を俟たないところであるが、此の事は換言すれば、余暇善用として、観光旅行が、如何に適切であるか、といふことを裏書きしてゐるわけである。〔……〕此の意味に於て、雄大な大陸的景観に恵まれている満洲では、今後大いに之等の景観地を、国民的な体位向上と厚生運動の道場として活用するところに、大陸らしい観光新体制の重要な面があるのではあるまいか?〔……〕現在の観光旅行は、所謂成金や、農閑期のお百姓の物見遊山的な時代から、”百聞は一見に如か”ざる旅行の知性化時代を過ぎて、国民的な保健、厚生化時代に成長してきたのである。」(野間口英喜「厚生運動と観光国策」『満洲観光連盟報』5(1)、満洲観光連盟、1941、7頁)

満洲観光連盟報』5(2)、満洲観光連盟、1941

森下辰夫「観光と文化について」『満洲観光連盟報』5(2)、満洲観光連盟、1941、2-4頁

  • 森下辰夫→建国大学教授
  • 視察旅行中の文化観光
    • 「観光の中には視察的意味の多く含まれたものもあらう。此の意味に於ける観光の要は其自体明かであるが、多くの場合観光とは、くつろいだ心と眼で未来の風物に接し、又過去の人々が残した芸術に触れる事になるのである。今視察的観光の要を、一概に後者よりも大なりとするならば、之は皮層の見解である。私は先年来満洲国内の満鉄沿線の主要都市、北支、中支の一部に旅した。その目的は此等諸地方に於ける欧米人の活動状態を視察するにあつたのであるが、時に閑をぬすんで、古寺を観ては奇怪な仏像に目みはり、満人街、支那街の一角に憩ひ、或は名もない丘上に座して蒼空を眺め、季花咲く山かげに長々と寝そべつて、思ふともなく物思ふ数刻を持つた。振り返つて見て今泌々と心の底に残り、時に郷愁にも似た激しいなつかしさを覚えるのは此等名もなく要もない数刻である。欧米人の活動視察てふ心要は旅を終つて直ちに返上して了つたのであらう。そしてこの数刻こそ自分の生活の何処かにしつくりと取入れられ、己が生命のモザイク中にはめ込まれたのである。私は此処に観光の真の意義を見度い。要、不要といふ問題は、永い目で見なければ分からないのである。」(森下辰夫「観光と文化について」『満洲観光連盟報』5(2)、満洲観光連盟、1941、3-4頁)

満洲観光連盟報』5(6)、満洲観光連盟、1941

「観光厚生 第二回観光週間の幕開く 自6月16日 至6月22日」『満洲観光連盟報』5(6)、満洲観光連盟、1941、38頁

観光週間の趣旨-
  • 「郷土愛護」「国土宣揚」から「国民厚生運動」へ
    • 「観光事業の先進国である独逸では、クラフト・ドルヒ・フロイデ(歓喜力行団) 伊太利ではドーボ ラーロ(余暇善用団)の如く国民特に勤労階級の厚生、福利増進の為に一大組織を結成し、積極的に各種保健方策の実施、観光視察の充実を図り、観光事業と国民厚生運動は渾然として一体を成してゐるのである。我が満洲国に於ても観光事業を改善振興して、民族の協和精神を基調とした国民の健全なる慰安、休養を図ることは非常時下長期建設の今日根本問題として採り上ぐべき、早急にして而も重要なる社会政策の一つであることは今更論を俟たない。以上の見地に基いて昨年の「郷土愛護」「国土宣揚」に重点を置いた観光週間を、本年は更に之を普及延長して「観光と国民厚生運動」の密接不離なる関係を一般大衆の各層に至るまで浸透せしめむとするものである。昨年との目標こそ異れ、此処に観光週間を実施する目的は、他の文化運動に比し一見立ち遅れの感ある我が満洲国の観光事業をして、より高度の認識を国民に徹底せしむるものであつて、之が為には凡ゆる目標角度より「観光」そのものを検討して、国家社会の利益と進歩の源泉とならなければならない。本年度観光週間実施の目的も亦此処にあることは謂ふ迄もない。」(「観光厚生 第二回観光週間の幕開く 自6月16日 至6月22日」『満洲観光連盟報』5(6)、満洲観光連盟、1941、38頁)

藤森章「国民厚生運動と観光」『満洲観光連盟報』5(6)、満洲観光連盟、1941、2-3頁

  • 藤森章→鉄道総局保健課
  • 国民厚生運動の定義
    • 「国民厚生運動を定義づけると、一般大衆就中勤労階級の適当なる余暇善用の方針を講じ、健康の増進、体力の向上、情操の陶冶を計り、幸福にして豊富なる生活様式を与へ、心身の復活、精力の再創造を図つて明日の為めの活動力の蓄積をしやうとする運動である〔……〕」(藤森章「国民厚生運動と観光」『満洲観光連盟報』5(6)、満洲観光連盟、1941、2頁)
  • 厚生運動と観光
    • 「〔……〕厚生運動と観光との連結点へ辿り着いた〔……〕唯生活環境に不足して居る肉体的の要素だけで厚生運動と結ばれてゐるのではないことを認めない訳にゆかない。〔……〕脳神経細胞の休養休息は、筋肉或は諸器官の休養と趣を異にし、ぢつとして置けばいいと云ふものでなく、脳神経細胞の一群を極度に働かせることにより、他の全部のものが休まり、この積極的な休養をなすに必要な細胞群を転換して行くことに依り目的がはたせるもので、この脳寸勁生理学を文献的基礎とし、観光の刻々移り変る興味の中心、心を躍らす対象物の変転が、人間の精神機能の更新休養に役立つことを思浮かべ、ここにも厚生運動と観光との連鎖環が落ちてゐたのを拾つて置くこととし度い。」(藤森章「国民厚生運動と観光」『満洲観光連盟報』5(6)、満洲観光連盟、1941、3頁)

花本嗣郎「観光週間へ期待」『満洲観光連盟報』5(6)、満洲観光連盟、1941、4頁

  • 物見遊山ではない正しい観光の観念
    • 「観光とは物見遊山なり―、かうした誤つた観念が、一般社会人の頭から抜け切れない以上、観光は国策の一翼であると躍起になつて見たところで、所詮それは暖簾に腕押しの、凡そ意味のない苦労にしか過ぎない。〔……〕観光事業を、今後健全な発展に導くためには、此の際我々は何を措いても、先づ民衆に正しい観光の観念を植えつけることが、目下の急務でなければならない。〔……〕昨年の週間は、「郷土愛護」「国土宣揚」に重点を置いたのであつたが、今年は更にこれを普及延長せしめて、「観光と厚生」の、密接不離な関係を一般大衆の各層に至るまで浸透せしめ様とするものであつて、この点、最近盛んに提唱されて来た、国民の余暇善用、保健厚生運動と関連して、週間の趣旨を徹底せしめる上からは、絶好の機会であると言はなければならない。〔……〕とまれ、四千万民衆の保健、厚生運動と結んで、飽迄も国家社会の利益と進歩に寄与せんがために実施されるこの観光週間こそ、時局柄大いに期待されるものであることは今更言ふまでもない。」(花本嗣郎「観光週間へ期待」『満洲観光連盟報』5(6)、満洲観光連盟、1941、4頁)

満洲観光連盟報』5(11)、満洲観光連盟、1941

千種峯蔵「勤労者の厚生運動について」『満洲観光連盟報』5(11)、満洲観光連盟、1941、2-3頁

  • 千種峯蔵→鉄道総局保健課長
  • 勤労意志の喚起と文化
    • 「〔……〕生活改善によつて、健康が申し分なく確保出来たと仮定しても、健康だけでは、健全なる勤労意志は起らない。旺盛なる勤労意志の作與の為めには、教化と文化施設必要とするのである。種々なる思想的教導、芸術、映画教育、観光等が厚生運動に於て、欠くべからざるものとされてゐるのはこの故である。」(千種峯蔵「勤労者の厚生運動について」『満洲観光連盟報』5(11)、満洲観光連盟、1941、3頁)
  • 長期戦と厚生運動
    • 「〔……〕近来、厚生運動が、国内、否、世界に、澎湃として起つたといふのは、一体何が為めであらうか、之、国家興亡の渦が、巻起つた為めである。国家興亡の渦によつて、国民は、一つの目標に向つて、行動するといふ大きな潮を生じたからである。国家興亡の渦に於て、精神力の強い、体力の強い、生産力の高い国民が勝ちを制することは、火を見るよりも明らかであるが故に、国民の精神力を強め、体力を強め、生産力を高めようとする、厚生運動こそは、国家興亡の分岐点を握るものだと言へるのである。非常局面が、永続すればする程、国民の優劣が自ら判然と分れ、国家の興亡が決するのであるから、長期戦に於てこそ、一層、活発にして、広範なる厚生運動の実際化を必要とするのである。」(千種峯蔵「勤労者の厚生運動について」『満洲観光連盟報』5(11)、満洲観光連盟、1941、3頁)

満洲観光連盟報』6(3)、満洲観光連盟、1942

山口重次「大東亜戦争と観光の新任務」『満洲観光連盟報』6(3)、満洲観光連盟、1942、5-6頁

  • 長期持久戦→資源開発→日本と現地の頻繁な連絡→観光が必要
    • 「〔……〕日支事変も、大東亜戦争も、何れも、東亜新秩序の建設を目標とした、持久戦である、持久戦の特徴は、戦争状態が長期に亘ること、勝敗が武力ばかりで決せられず、経済戦、思想戦等が大なる役割を持つことである。殊に大東亜戦争の場合は、世界最大の生産を持つた英国及米国、場合に依つては、蘇連をも対手に長期に亘る経済戦を戦ひ抜かねばならぬのである。而して、長期経済戦の内容は、日満華及南洋の資源を拓くことと、此れが為に、各民族の人心を収蹟して、日本を信頼し、資源開発に心から努力せしむることである。資源開発計画には、現地の実地調査、中央と現地の連絡がなければならぬ。異民族の人心収蹟の為めには、日本と現地相互国に「百聞一見に如かず」に従つた、頻繁な連絡が行われねばならぬ。茲に、観光の新しい時代の任務が生れ出る。観光の任務はフランス式の外客、外貨誘致から経済戦、思想戦の一縦隊として大東亜戦争の重大なる新任務が付与されたのである。」(山口重次「大東亜戦争と観光の新任務」『満洲観光連盟報』6(3)、満洲観光連盟、1942、6頁)