「『北へ。』シリーズの作品と舞台地の魅力」

【『北へ。』シリーズの作品と舞台地の魅力】

1.作品の魅力について~キャラへの愛着~

①北海道を舞台にしたヒロインとの情交

 『北へ。』シリーズのジャンルはトラベルコミュニケーションゲームであり、北海道を旅行して登場人物たちと交流することがゲームの目的となっている。そのため何と言ってもキャラに対して愛着が湧き、想い入れを抱けることが、本作品のウリである。『北へ。』シリーズのヒロインは1作目の「White Illumination」が8人、2作目の「Diamond Dust」が7人と合計15人おり、彼女らと北海道を観光しながら情交を深めていく。

泣きゲーと少女救済

 シナリオの性質として90年代末期~ゼロ年代前半に流行した、所謂「泣きゲー」と呼称される作風の影響を強く受けている。「泣きゲー」は大まかに以下のような構造を持つ。①主人公、ヒロインとともに問題を抱えている。②主人公が奮闘して少女のトラウマを解消することで、少女の心が開かれて結ばれるに至る。③今度は逆に少女から主人公が肯定・承認されて社会に統合される。以上のようなシナリオパターンは「少女救済」の原理とも言われ、キャラへの愛着を湧かせる様式美となっている。

アイデンティティ確立

 『北へ。』シリーズを通して主人公に与えられている課題は、自分が何者であるかを知ること、つまりはアイデンティティの確立である。1作目の主人公は高校生で大学受験という進路選択の岐路に立ち、2作目の主人公は大学生で就職活動という人生の岐路に立つ。このように分岐点を目の前にした「何者でもない自己」という不安の中で、雄大な北海道の自然・文化・歴史・遺産と少女たちとの交流が、無色透明であった主人公の人生に色を付けていき、人生の意義を見つけさせるのである。手塚治虫の『鳥人大系』の言葉を借りれば、人生に生きる目的や理由などはないが、それを探すのが生き甲斐というものであると表現できよう。

④特筆すべきヒロイン ~年上系の女性とロシア少女~

 本作は単なる使い捨てのキャラクター消費ではなく、「北海道」という地域的特質が反映されたヒロインであり、だからこそ、より一層深みが増している。
 中でも年上系ヒロインの掘り下げが巧みであり、円熟し落ち着いた感じの女性とのしっとりとした交流を描く薫さん√や夢と恋に破れて東京から出戻った女性が札幌で再生されていく過程を描いた笙子さん√は一見の価値ありである。
 そしてもう一人ターニャについて語りたい。ターニャは小樽でガラス細工に熱意を傾ける職工なのだが、その熱意は、母が再婚した家庭環境が悪く亡父との記憶に縋りつくためにガラス細工に拘るという「歪んだ」熱意なのである。そして自分がロシア人であることの人種的属性を拭い去ることはできず、日本で異邦人意識に苛まれているのだ。主人公はターニャと交流を重ねてその寂しさを埋め、さらにはターニャが亡き父の呪縛からではなく、自分の意志に基づいてガラス細工を作れるようになるためのアシストを果たす。主人公に絆されていくターニャはとても可愛い。

2.舞台地の魅力について~思い出の場所という聖地の創出~

①場所の列聖化

 トラベルコミュニケーションゲームというジャンルでヒロインとの情交をテーマにしている以上、舞台となった場所には、「愛着が湧いたヒロインと交流した思い出の場所」という記号が付与されることになる。つまり読者にとって、その場所は「列聖化」されるのである。この「想い入れ」が単なる一過性のブームとは異なる所以であり、発売から20年経った今でも聖地の巡礼が行われているのである。その地域を訪問するきっかけとなった理由がコンテンツであったとしても、訪問したことで地域がもっている元々の魅力との重層性が生じる。

②旧小樽運河工藝館(現小樽イルポンテ)

 舞台地の中でも特に取り上げたいのが、旧小樽運河工藝館(現小樽イルポンテ)である。この場所はシナリオの設定上、ターニャがガラス細工職人として働いている店となっており、ターニャを語る上で欠かせない。主人公が落ちそうになったガラス細工を寸でのところでキャッチしたり、ターニャのガラス細工作りを手伝ったりするのである。このようにして旧小樽運河工藝館にはターニャとの思い出の記憶という属性が付与されてファンにとっては神聖な土地になっているのだ。だがそこは一部のプレイヤーの単なる物語装置だけではない。小樽の街並みに合わせて建築された煉瓦造りの建物、ガラス細工そのものの魅力、そして実際にガラス細工を作ることができる体験活動などの資源が重層的に混ざり合っているのだ。これらの魅力がターニャによってさらに倍加し、普段ガラス細工に興味を示さなかった人々にリーチしたのである。聖地はそこにあるものではなく、育てるものなのである実例と言えよう。
 現在この小樽運河工藝館は閉店してしまった。2008年のリーマンショックと2011年の東日本大震災後の六重苦が原因だとされている。しかし2012年からは小樽イルポンテが同じ建物を利用してガラス細工の店を経営している。同一の店ではないが、ガラス細工販売や体験作業などは引き継がれており、十分魅力的な観光資源となっているし、ターニャとの思い出をかすかに偲ぶことも出来る。

3.まとめ

 以上のように『北へ。』シリーズは、北海道を舞台にヒロイン達との交流を楽しむことが出来る。これによって、愛着が湧いて、想い入れを抱けて、尚且つ観光が出来るという特性を持つ。是非作品をプレイして、思い出の場所を作って欲しい。そうすれば、舞台となった北海道の地の魅力がさらに引き出されること請け合いである。