勝山元照「新しい世界史教育として「歴史総合」を創る―「自分の頭で考え、自分の言葉で表現する」歴史学習への転換」(『岩波講座 世界歴史1』岩波書店、2021年、307-324頁)

  • 本稿の主旨
    • 歴史教育の転換にあたって、日本学術会議が提唱した「日本史と世界史の統一」と「思考力育成型授業への転換」という二つの難題について、神戸大学附属中等教育学校(神大附)が、「主題的単元史学習」として開発した「歴史総合」実践を基に、見解を述べるもの。

はじめに

  • 高校歴史教育の転換期
    • 2022年度から高校地理歴史科は「歴史総合」「地理総合」必修、「地理探究」「日本史探究」「世界史探究」選択制に移行
    • 戦後歴史教育改革以来、一貫して継続してきた「日本史・世界史」体制から「総合・探究」体制への大転換

一、高校歴史教育の転換と「歴史総合」の成立

高校歴史教育の転換と市民としての自己形成

  • 勝山氏が考える「将来の歴史アマチュアとしての生徒が培う市民的資質」
    • ①「歴史像」について、「自分の頭で考え自分の言葉で表現」できる。
    • ②「根拠」を確かめ、「視野」を広げようと努力することができる。
    • ③「存在に対する敬意」をふまえ、他者との「対話」を重ねることができる。
  • 世界史教育の歴史 概観
    • 1950年代
      • 高校社会科において、自己展開学習など「自分の頭で考え自分の言葉で表現する」歴史学習が希求される
      • 世界史創成にあたって、吉田悟郎、鈴木亮らが生徒の授業参加と歴史意識を尊重し、世界史・日本史の統一的把握をめざす実践を展開した(吉田悟郎「歴史意識の自立を求めて―世界史・日本史の統一的把握の考えに至るまで」『歴史地理教育』29号、1957年)
    • 1960年代
      • 系統学習が主流となる。生徒の主体的な学びを尊重する学習は後退。「教師はかつての「問題解決学習」的な「社会科」教育の困難さから解放されて、巧妙あるいは拙劣な年代記語りとなり、「社会科歴史」は暗記科目への転落の道」を歩んだ(黒羽1972:8頁)
    • 1980年代
      • 受験のための知識詰め込み授業が大勢を占め、瀕死の高校社会科は地理歴史科と公民科に分割された。
  • 系統学習への対抗
    • 生徒の主体性と歴史的思考力を尊重する先導的実践が、日本史の加藤公明、世界史の鳥山孟郎らによって重ねられる。鳥山は生徒の意識の中における世界史と日本史の統一的把握についても論究(鳥山2008)

学術会議の提言と「歴史総合」

  • 小川幸司の世界史改革論
    • 生徒の世界史離れの現実を直視。用語数と入試問題の変遷に焦点を当てて要因を分析。世界史改革論を主張。
    • 世界史の中に日本史を位置づけると共に、「問いかけ」による対話と歴史叙述を重視した世界史の地平を拓く『世界史との対話』に結実させる。
  • 学術会議の対応
    • 2011年 提言「新しい高校地理・歴史の創造―グローバル化に対応した時空間認識の育成」(提言11)を発表
      • 時間認識と空間認識のバランスのとれた教育実現のため①必修科目「歴史基礎」(日本史と世界史の統一科目)「地理基礎」の新設、②知識詰め込み型から思考力育成型授業への転換、③重要用語厳選などを呼びかける
    • 2014年 提言と共に「課題」と「問い」で構成するカリキュラム試案を公表
    • 2016年 中央教育審議会の議論を受けて「歴史基礎」から「歴史総合」に変更して提言を重ねる
    • 2019年 大学入試共通テストでの「歴史総合」の形骸化防止策を提言
  • 歴史教育を巡る動き
    • 民間教育研究会の活性化。油井大三郎ら、高大連携歴史教育研究会(高大連携研)を結成。
    • 保守勢力により東京神奈川で日本史必修論が台頭、下村博文文部科学大臣(当時)による日本史必修導入の動きが表面化した。
  • 国策の帰結
    • 2018年「学習指導要領の改訂に向けた中央教育審議会答申」(中教審答申)は「歴史総合」「地理総合」を必修科目、「日本史探究」「世界史探究」「地理探究」を選択科目とする。
  • 「歴史総合」の新規性
    • 「歴史総合」は戦後一貫して併置状況にあった日本史と世界史(外国史)を統一した画期的科目であり、日本史を組み込んだ新しい「世界史」と見なされる。

ニ、神大附実践と主題的単元史学習

「主題的単元史学習」の構造

  • 文科省指定校
    • 2013年度、神大附が文部科学省研究開発学校の指定(4年間)を受け、高校1年生を対象に「地理基礎」「歴史基礎」(延長指定3年間は「地理総合」「歴史総合」)の開発に取り組む。
  • 神大附のカリキュラム構成
    • 「世界史の中の日本史」の枠組みを基本とし、グローバル(世界)・リージョナル(東アジア)・ナショナル(日本)・ローカル(神戸)の四層の視点から「歴史総合」を構成することを妥当とする。
    • 東アジアの比重を高めることに注力。各地域の民族自決・独立などの動きを重視。
    • 日本史と世界史における時期区分(例:近代、現代)や用語(例:国民国家、地域、市民)についても検討。齟齬が生じた場合は世界史の論理を優先。
  • 神大附の「思考力育成型授業」
    • 授業形態批判
      • モノトーン(導入・展開・まとめの定型化)な概説史学習の克服を課題とし、「知識詰め込み型」学習に陥るのはモノトーンな学習形態のせい。
    • 主題学習批判
      • 60年代に導入され現行の学習指導要領(編註:2009年3月告示学習指導要領。高校は段階実施なので2023年度卒高3まで適用される)で探究的性格が明示され先導的実践も試行された主題学習は現場での広がりに欠けた。
  • 「主題的単元史学習」の開発
    • カリキュラム構成
      • 時系列単元学習と主題学習を融合。時系列的に単元を設定した上で、単元全体を大掛かりな「主題学習」として編成。
    • 学習形態
      • ①序=課題設定、②歴史的展開=史資料の活用・知識理解と考察、③主題学習=調査・考察・発表、からなる三層を組み合わせる。

主題学習とその展開例―「戦争を回避できた時点は」

  • 主題学習と単元
    • ここでの主題学習…単元全体をふりかえりながら、生徒が主体的に歴史像を構成する学習
    • 精選した六単元…「諸地域世界の一体化」「近代国民国家の成立」「アジアの近代と帝国主義」「二つの世界大戦」「冷戦と第三世界」「グローバル化と情報革命」
  • 単元「二つの世界大戦」の事例紹介
    • 1.課題設定(序)…戦争の変化(戦病死、戦闘死、総力戦)
    • 2.歴史的展開…4つの視点(世界、東アジア、日本、神戸)を立て構成。立場の違いによって戦争の見方が変わることや戦争の背景や原因が複合的要素に起因していることを学ぶ上からも多くの視点から歴史を捉えられるように構成。
    • 3.主題学習…「The Point of No Return:戦争を回避できた時点は」
      • (1)班分け…戦争を回避できた時点として5説選ぶ(Aロンドン軍縮条約締結時/B国際連盟脱退時/Cトラウトマン工作時/D三国軍事同盟締結時/E第三次近衛内閣「日米交渉」時)
      • (2)活動
        • ①文献調査:加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』などを読む
        • ②報道番組づくり:キャスターや解説者、当事者証言などの役割を分担。「自分の頭で考え自分の言葉で表現する」歴史解釈に挑戦。
      • (3)発表
        • ①軍部の動向やアメリカの政策、国際関係の変化(国際連盟脱退、三国軍事同盟締結など)に注目する見解が多数。
        • ②中国との関係を重視した発表も見られる。
      • (4)質疑
        • ①多数意見:B説「リットン報告は日本の立場も考えていたのに、無視した時点から暴走が始まった」(国際連盟脱退時)
        • ②発表部門1位:E説「海軍には山本・米内らもいた」(第三次近衛内閣「日米交渉」時)と主張
        • ③他の意見:「汪兆銘政権成立で妥協は無理に」「戦争を防止する勢力とは何か、国内なのか、国際的な力なのか」
        • ④内容評価1位:B説「すべての説は間違いとは思わないが、国内外の戦争防止勢力が協力できたのはリットン報告時まで」と反論して内容評価で1位となる。
      • (4)課題…複雑な国際関係の理解
      • (5)成果…生徒が自己と自班の歴史像について、根拠を基に考察することで、戦争推進と防止勢力との対抗関係や戦争に至る背景・要因を深く学び合う場となった。
      • (6)効果
        • ①選択肢型の発表・討論学習は、自らの意見を明確にして臨むことができるので、授業の参加度を高めやすい。
        • ②歴史的な「見方・考え方」の形成につながる。

「概念的知識」の重要性

  • 概念的知識を重視、事実的知識を大幅削減
    • 神大附では概念的知識(例:冷戦体制)重視と事実的知識(例:ベルリンの壁NATO加盟国名……)の大幅削減を構想。
  • B科目教科書の用語数
    • B科目教科書では概念的知識の比率が激減し事実的知識が激増して、「覚える」科目としての構造を示しており、「考える」科目を志向する高大研や神大附「歴史総合」用語リストとの相違は明白
  • 神大附の用語数
    • 2017年度「歴史総合」で使用した用語は、概念的知識242、事実的知識580で、計822語(中学363、高校初出459:主題学習などの選択用語を除く)となる。

「主題的単元史学習」の可能性と課題

  • 歴史的思考力とは何か
    • 池内良平の五層構造
      • ①史料を批判的に読む
      • ②歴史的文脈を理解する
      • ③歴史的変化を因果的に理由付ける
      • ④歴史的解釈を批判的に分析する
      • ⑤歴史を現代に応用する
    • 小川幸司の六層構造
      • ①歴史実証:事実の研究
      • ②歴史解釈:連関・構造の研究
      • ③歴史批評:意味の探究
      • ④歴史叙述:叙述の研究
      • ⑤歴史対話:検証の研究
      • ⑥歴史創造:行為の研究
  • 神大附の主題学習
    • 形態
      • 「序」「歴史の展開」の知識と史資料を再吟味(「歴史実証」)し、「国際平和」「命の尊厳」などの現代的視点に基づいて歴史的思考力を鍛え、「歴史解釈」、「歴史批評」に迫る学習形態。
    • 歴史対話
      • 「教材と生徒」、「教師と生徒」、「生徒と生徒」の三者間で対話を行う。具体的には、調査内容や歴史解釈・批評を紹介し交流する方法や討論など。
      • 他者との対話は新たな歴史の発見を生むと共に自説を省察することで自己の「見方・考え方」が揺さぶられ、自己との対話を促す。
      • 討論の組織化には「手だて」が必要で、双方向性の展開にはICT(情報通信技術)活用が必要。
  • 神大附の主題学習の課題
    • ①科目構成上の課題:日本史と世界史が交互に出て、歴史の流れが見えにくい
    • ②主題設定の課題:内容が画一的。「環境」「ジェンダー」「科学技術」の主題は実施できず、主題設定について「主題的単元史学習」の実施形態の多様化が課題となる。
    • ③評価面での課題:自由な思考や多様性を保障するルーブリックの作成などに課題

三、新指導要領下での「主題的単元史学習」の深化

「現代的諸課題」「私たち」「見方・考え方」の強調

  • コンテンツからコンピテンシー
    • 指導要領が、教育内容(コンテンツ)ベースから資質・能力(コンピテンシー)ベースへと転換し、教科固有の「見方・考え方」を強調。
  • 「歴史総合」の科目的特性
    • 特徴:現代的な諸課題の形成に関わる近現代の歴史を主体的に考察、構想できる科目
    • 焦点:歴史の大きな変化を「近代化」「国際秩序の変化や大衆化」「グローバル化」とする
    • 学習の中心:「世界とその中の日本を広く相互的な視点から捉えること」
    • 学習方法:探究的な学びが重層的に配置され、生徒主体の学習を進めようとする旗幟は鮮明。
  • 学習指導要領における「歴史的な見方・考え方」
    • 「「社会的事象を、時期、推移などに着目して捉え、類似や差異などを明確にし、事象同士を因果関係などで関連付け」て働かせる際の「視点や方法(考え方)」」
  • 「観」の形成
    • この論考の著者である勝山氏独自の主張。人格形成と共に培われる主体性や価値観を含む体系的な概念が「観」であり市民的資質としての「観」の形成に「見方・考え方」を捉えるべきと唱える。
  • 生徒に「見方・考え方」を身につけさせるための「手立て」の必要性
    • 課題
      • 「歴史総合」に加え、通史として「歴史の構造と展開」や「地域世界の同時代性」を考察する「探究科目」では、より深い「見方・考え方」の育成が課題
    • 重要となること
      • 歴史を捉える観点(例:「権力と支配」「国家の二面性」をどう捉えるかなど)について整理し、教師と生徒間で共有・活用・対話すること

「主題的単元史学習」深化の手立て

  • ①基層 「事実」と「事実関係」の理解
    • 「史資料の読み解き」
      • 史資料の語る「事実」は脚色があり「事実」とは限らない。そのため作者の立場や作成目的などを問いかけることにより、史資料を批判的に「読み解き」「事実」を吟味する学習が重要となる。
    • 「歴史的展開の授業」
      • 目標は事実と事実関係をふまえ、歴史の文脈を理解させること。文脈の理解には「何がどう変わったのか」(変化)「何をもたらしたのか」(結果と影響)などの「問い」を考察させることが重要。事実の関係づけには概念的理解が鍵となる。
  • ②二層 歴史の「解釈」
    • 「課題を設定した学習」(小項目ごとに10回程度)
      • 小項目全体の探究「課題」を立てて実施。目標は事実関係をもとに生徒自身が根拠と論理をもって、考察し解釈すること。
        • 具体例:「国民教育はなぜ必要だったのか」という「課題」設定にたいし、「方言札」などの史資料を用いながら、生徒自身が国民教育の意義や問題点について考察し、見解を発表し対話する。
  • ③三層 歴史の批評
    • 「主題を設定した学習」(大項目で2回)
      • 現代的諸課題についての観点をふまえ、大項目全体の探究「主題」を立てて実施。目標は歴史批評を行うこと。
        • 具体例:主題学習「国民国家の光と影」では、国民国家について各国歴史教科書などを調査した上で、国民国家の「光」と「影」について、生徒が価値判断を伴った歴史批評を紹介し、対話によってさらに主題を深める。
  • ④上層 「私の歴史像」の叙述
    • 「探究する活動」(全体の総仕上げ)
      • 目標は、生徒が自ら「問い」を設定し、探究的学びの総仕上げとしての「私の歴史像」を叙述すること
        • 課題例:持続可能な社会に向けた課題や時代を通貫するもの。少子化と家族の歴史、科学技術の功罪
  • 上記「主題的単元史学習」①~④の効果
    • 学習①~③は繰り返し行うことで有効な学習となる
    • 学習②~④は歴史解釈・歴史批評・歴史叙述に至る歴史学習の重要な「鍵」となる。
    • 各目標に応じた異質な「問い=課題」を重層的に設定し、調査・考察・批評・対話・叙述を行うことで、「自分の頭で考え自分の言葉で表現する」歴史像の構成に寄与できる

おわりに

  • 歴史教育の転換」への課題
    • ①内容精選
      • 網羅主義は探究的事項であっても、暗記主義とは別の意味で生徒の多忙化と思考停止を招き、歴史教育の転換を破綻させる
      • 新科目「地理総合」「公共」との連携との分担について協議することも必要
    • ②生徒の知的好奇心の限界
      • 生徒の内面世界と歴史学習との間には、ある種の隔たりが存在する。
      • この隔たりを克服し「自分ごと」の歴史に転換することは市民的資質形成に極めて重要
      • 生徒の「意識の鉱脈」の掘り下げと実践の質が問われる
    • ③「探究科目」の課題
      • 「探究科目」は大スケールの歴史を対象に、「時代を通貫する問い」(「日本史探究」)、「諸地域の結合・変容を読み解く観点」(「世界史探究」)などを設けて、長い時間軸(長期的視点)と広い空間軸(同時代性)についての深い学びを企図している。
      • 「探究科目」が従来のB科目を超えて提起している「時空間の拡大」(世界のつながり方)への「問い直し」に深く自覚して臨む必要がある。