雑録

『こなたよりかなたまで』の感想メモ

癌患者のインフォームドコンセントやクオリティー=オブ=ライフを題材にして死地に赴く少年の最後の瞬間を描いている。
蝋燭はもえつきる瞬間に一層の輝きを見せるが、生命においてもそれは同じ。散り際に思うことは心を打つ。

特に佐倉佳苗シナリオは良い。お勧めだ。不条理の中に見出される救いが心を揺さぶる。

 

主人公:遥彼方は高校3年にして末期癌で余命幾ばくもなく人生の幕を閉じようとしていた。母親も癌で死亡し、父親は交通事故で死んでいた。それ故、孤独な死を迎えようとしていたのである。だが、彼は最後の時を感じながらも悔いを残さないように日々を過ごしていた。抗癌剤に苦しめられる闘病生活を行いつつも、残された命にかける思いは前向きなものだった。

佐倉佳苗

佳苗は彼方のおさななじみ。彼方が母親を亡くし他人を拒絶していた時に救いとなった少女。押し付けられて毎日図書委員の仕事をしていた佳苗が、放課後孤独に時代小説を耽読する彼方に対し、「一緒にストーブに当たろう」と誘ったのだ。毎日二人は肩を並べてストーブにあたる内に懇ろな仲になっていった。他人を拒絶していた彼方も佳苗の周辺を乱さないように他人とどのように接すればよいかを学んでいった。そして彼方が気まぐれで佳苗にした一房のみつあみが彼女のトレードマークとなるほどの関係を構築するにいたる。


彼方は末期癌であることを医者に宣告されたとき、佳苗にそのことを伝えにいく。だが如何せんタイミングが悪かった。彼方は佳苗に「一生一緒にいてね」と遠まわしの告白をされてしまう。告白をする彼女にどうして末期癌なのでもうすぐ死にますといえようかは。彼方は相思相愛でありながら、何も言えなかった・・・


それ以来彼方は佳苗から一歩引き、友人である耕介に佳苗を託そうとする。佳苗は彼方の優しさの中に拒絶を感じ取り苦悩する。彼方が佳苗に対してした決断は、絶対ガンであることを知らせず自分への思いを断ち切らせるという誓い。何度拒絶しても立ち上がってくる彼女に対し、無理やりにトレードマークの一房のみつあみをほどいてしまう。何も残せなかった彼方は、佳苗に拒絶をするという意地だけは最後まで貫いたのである。このみつあみを無理やりほどいてしまうところの描写はなんともいたたまれなく二人の心情の葛藤のすれ違いがゾクゾクくるね。この描写を見るだけでもこのゲームをやった価値があるというもんさ。


拒絶され打ちひしがれる佳苗は、耕介から全てを聞かされる。ここで末期癌である彼方に一生一緒にいてと宣告してしまった罪を意識するのだ。彼方の拒絶は佳苗を思ってこそのものだったと気付いた彼女は、自分の想いを貫きとおすために彼方の下へ。佳苗は孤独に散っていこうとする彼方のこれまで押し込めていた不条理の叫びを受け入れ彼方を癒す。墓あなを掘るために二人は逢瀬を重ねて最後の情交を結ぶ。大好きな人の最期を目を逸らさず見送る佳苗の胎内には、彼方の忘れ形見が残っていた・・・

クリステル=V=マリー

クリスは遥彼方の所へ迷い込んだ吸血鬼。某月を型どったメーカーの『お姫様of月』の17分割ではありませんよ。彼方が抗癌剤の副作用で苦しんでいる時に吸血をしてしまったがために、さぁ大変。彼女も体が本調子ではなくなってしまう。クリスは吸血鬼であるため狩人から追われていたので、彼方の家に居候することになった。彼方は自分の死期を感じ取っているため、自分が周囲の者を残して去っていく苦しみを感じていた。一方クリスは不老不死であるが故に大切な人に置いていかれる別れの苦しみを感じていた。そんな二人は傷を舐めあうように懇ろな仲になっていく。


クリスはせめて彼方の前だけでは普通の女の子でいたかった。だが、クリスは彼方がいよいよ風前の灯となったとき、自分と契約させて延命を図ろうとする。それに対して彼方は、あくまでもクリスを気遣い、彼女が吸血鬼としての姿を晒さなくていいように優しい拒絶をするのだった。そこへ吸血鬼狩りが現れる。吸血をしていなかったクリスは弱体化しておりパワー不足。あわやのピンチの時に彼方が駆けつけ吸血をするよう促す。延命として拒絶したのに自らの血を捧げることを厭わない彼方は、クリスに生きて欲しいと散っていく・・・。


誰も悲しませないようにと孤独を選んだ彼方が唯一甘えられたのがクリスという存在。彼女に見取られた彼方の死は穏やかなものであった・・・

九重二十重(ここのえ はたえ)

吸血であるクリスを餌にして、吸血鬼狩りを狩ろうとする。いわば吸血鬼狩り狩り。『お姫様of月』でいえばカレー大好き知得留先生の立場な役柄。


彼女は自分の感情を押し込め、ただただ役割に従い残忍に狩るだけの毎日を送っていた。だが彼方を救ったことから何かと縁が出来る。彼方は自分の死期を悟っていたため、九重さんの残虐さを受け入れられたのだ。ひとたび人としての情を味ってしまえば後は恋しくなるばかり。そのせいで残忍になりきることあたわず獲物を取り逃がし彼方を傷つけさせてしまう。


酷く落ち込む九重さん。そう彼女は役割にしばられて残忍にならざるを得ず、本当は普通の女の子になりたかったのだ。餌であるクリスに相談し彼方の下を去ろうとする二人。それを知った彼方は最後の機会にと、クリスマスに学校で行われる舞踏会に九重さんを誘う。死が直前に迫った彼方は滅び行く体を引きずりながら、九重さんとワルツを踊る。踊りながら彼女は幸せになっていいのだ!!と彼方が肯定することで、彼女は役割から解放される。彼方の死は九重さんに幸せをもたらしたのだ。

朝倉優/鹿島いづみ

朝倉優は12歳の女の子。彼女も彼方と同じで癌と闘っている。彼方は末期癌だが優は移植手術待ちの身である。彼方と優には特別な絆があった。優は癌と宣告されてから感情をなくし、全てに無関心で過ごしていた。だがそれは寂しさの裏返しであり本当は全てを怖れていたのだ。自分が死んでしまっても脈々と続いていくであろう世界に恐怖したのである。そんな優と彼方は同室になる。彼方は優の恐怖を見抜き、自分の方が優よりも早く死んでしまうのだと告げる。そう、彼方も優と同じ恐ろしさを抱いていたのだ。感情の共有をした二人は徐々に仲良くなっていき、優は次第に笑いを取り戻していく。


いづみちゃんは癌病棟の看護婦。なんかソルジェニーツィンを彷彿とさせますなね(タイトルだけな!!)。いつも笑って患者を励ます能天気な女性を演じているが本当は死と向き合う繊細な精神を隠している。いくら手を尽くしても死んでいってしまう患者にいつまでも慣れず、せめてもの贖罪を教会で行うところに彼方は出くわす。死に慣れてしまうなんてことはしないほうがいい。ひとりひとりに涙を流してくれる姿は素敵だ。と励ます彼方。そして、自分が死んでもいづみちゃんは覚えていてくれるだろう、との再興へのコトバ。

彼方は二人に見守られながら、短くも幸福であった最後を遂げる。彼方が死んでしまっても記憶は二人に残ったのである。