夏空のペルセウス「沢渡透香」シナリオの感想・レビュー

夏空のペルセウスの透香ルートは「死への存在」が扱われています。
不治の病におかされた少女と接することで、自分の存在を肯定します。
主人公くんが過去と向き合い現実と戦ったからこそ未来を得たと解釈もできます。
しかし「死生観」を描くのが本意ではないとはいえ、ホスピスを安易に奇跡的治療してしまうのも。
みすずちん、セツミ先生、はるとま2など「散っていくからこその実存」と対比されますね。

沢渡透香ルートの概要


  • (1).自己の存在理由のために女を抱くということ
    • 沢渡透香は物腰穏やかだが気位の高いホスピス少女です。生を諦め、死を受け入れつつ、終焉に向かうことを覚悟していました。だからといって、納得できているわけではないらしいのです。そんな透香をみた主人公くんは、自分の生存理由をホスピス少女に見いだそうとします。自分が限界集落まで落ち延びてきたのはホスピスの少女を救うためだったんだ!とかなんとか。そのため最初は「ホスピス少女」としての存在を気にかけていたのですが、次第に「透香本人」にも惹かれていくことになります。こうして懇ろな関係になり性交するのですが、その時、主人公くんは「如何にして自分は透香に近づいたか」を告白してしまうのです。それを聞いた透香は豹変します。自分が同情のために抱かれ、男の自尊心を満たすためだけの存在に過ぎなかったと悟ってしまったのです。ホスピスだからこそ気位の高い透香はそんなことは許せません。主人公くんを様々になじっていきます。このなじるシーンが本編での一番の見せ場かも知れませんね。こうして、透香は主人公くんに「偽善に酔った英雄気取りで自己満足の独りよがり」であると宣告して去っていくのでした。


  • (2).苦悩の夏休みと和解
    • 透香になじられた主人公くんは自分の稚拙さを思い知り煩悶した毎日を過ごすようになります。透香に宣告された言葉が心を苛み、苦悩する毎日。しかし、この苦悩や心の痛みというのは、透香を思うことからこそ生じるものなんだよ!!という結論に至るのです。こうして、主人公くんは「ホスピス少女」を救うことで「自尊心を満たそう」とするのではなく、「透香」という「個人」にこんなにも惚れているんだということを改めて知るのでありました。透香への思いを原動力とした主人公くんは再びヒロインと向き合うことを決意し、透香と対峙します。自分の思うままの心情を吐露した主人公くんは、透香に受け入れてもらうことに成功するのでした。透香もまた、主人公くんをなじり、心に傷を負わせることによって、死んでいく自分の記憶と存在を主人公くんに植え付けることにサディスティックな悦楽を覚えていたと贖罪し、心を通わせていきます。


  • 補:透香さんは「歴女
    • 余談ですが、こうして和解した後、透香とデートとかするようになった時、透香が自分はミーハーな「歴女」ではなく、普通に歴史(幕末)が好きとのたまう描写があります。このテキストを読んだ際に、そうだよねぇ、と激しく同意しました。幕末が好きというので、日本が伝統的な東アジアの華夷秩序(冊封体制)から脱却し、西洋列強により主権国家体制に組み込まれ、近代的国民国家を形成していく社会経済史分野が何よりも面白いよなぁとかの話をしてくれるのだとか期待していましたとも!!しかしエンターキーを押していった先にあったものは、透香もまた「歴女」とかと同じであったという事実だったのです。「偶像化されたキャラクターとしての人物史」について語りだしました!!げんなりです。透香さん!!「歴女」をけなさないで、はじめから「歴女」と認めていれば良かったのに。


  • (3).イモウトVSヒロインのバトル〜「死への存在」〜
    • 主人公くんと心通わせたヒロイン透香。しかし、主人公くんを愛するのは透香だけではありませんでした。主人公くんのイモウトもまた愛していたのです。透香はそんなイモウトに対して、自分の死後は主人公くんを頼むと失礼極まりない発言をしてしまいます。こうして、地雷を踏んだヒロインはイモウトから詰問を受けることになります。イモウトの問答法は、透香の本質をさらけださせるものでした。透香は、死を受け入れ、終焉に向かうことを受け入れてはいました。しかし、それに納得がいっていないことをさらけ出してしまうのです。なぜ自分だけが死ななければならないのか、もっと生きていたい、死にたくないと喚き散らします。ハイデッガーによれば「“死への存在”は死の可能性を自覚することによって、誰とも交代できない、一回限りの、全体的な自己の存在」にめざめさせるのです。こうして透香の本心を聞き出したイモウトは、愛する兄を後押しするために処女を捧げます。イモウトとの性交で確信した主人公くんは、透香の未来を掴みとることを決意するのでした。


  • (4).運命から解放
    • 覚醒した主人公くんの奇跡的なチカラによって、性交という儀式を経た透香の病は治療されました。あっさり。そして最後に、透香からタイトル解題がなされます。「ペルセウス」はメドゥーサと戦った英雄です。彼は様々な加護を得てメドゥーサを打ち倒します。しかし、それは加護を受けたからではなく、ペルセウスに最初から勇気が備わっていたからだと言うのです。それと同様に、主人公くんが奇跡的なチカラによって、透香を治療しましたが、それは「特殊能力」なんかじゃなく、主人公くんが最初から持っていた勇気だったんだよという美談になります。こうして、主人公くんは自分を苛んでいた能力から「愛する女を救う」という行為によって解放されたのですね。「俺たちは運命を受け入れ、運命に抗い、新しい運命を手に入れた」ということでハッピーエンドを迎えました。めでたし、めでたし。しっかし、主人公くんとヒロインキャラたち以外は立ち絵どころか殆どセリフすらないという、近年稀に見るホントウにセカイ系な作品でした。また「大人」が一切出て居こないというのも異常性もそれに拍車をかけているような気がします。