雑録

あきゆめくくる「轟山サトリ(佐々木沙織)シナリオ」の感想・レビュー

並行世界を認識し、統合できる少女がどの世界線でも主人公くんと結ばれない事実を受容するはなし。
佐々木沙織は轟山サトリが多世界を認識できなかった世界線の姿。
しかし多世界を認識できない佐々木沙織はもう既に轟山サトリではないのだ。
轟山サトリは主人公くんをメンヘラキラーとし自身に言い寄る女はすべて受け入れると指摘する。
つまりはどの少女と結ばれるかは偶発的なものであり、粒子のきまぐれに過ぎないと断罪される。
これに対抗するのが「ウィグナーの友人」理論であり、意識が存在を確定すると述べる。
結ばれなかったヒロインが観測者となり主人公くんの存在を確定させるという意味で真ヒロインとなる。

並行世界・多世界解釈の自分を統合して認識できる存在について


  • 轟山サトリが多世界を知らない自分として観測し直された姿が佐々木沙織
    • 幼少期、轟山サトリは主人公くんに共感を求めました。なぜならば主人公くんもまたサトリと同様に多世界解釈できる存在であったためです。轟山サトリは量子力学に関する世界の解釈について主人公くんと分かち合いたかったのです。しかし主人公くんはそのことに恐れを感じ、轟山サトリを遠ざけてしまうのでした。ここからが悲劇の始まり。轟山サトリは無数の並行世界に遍在できるあまねく状態なのですが、どの世界線を辿っても、自分が主人公くんと結ばれることがなかったのです。轟山サトリは愕然とします。そんなわけで生み出されたのが「多世界を知らない存在として観測し直された轟山サトリ」すなわち佐々木沙織でした。佐々木沙織は主人公くんと恋愛することに成功します。しかしこの佐々木沙織に対して、轟山サトリが干渉してきます。主人公くんと結ばれたのはたまたまの偶然にしか過ぎないというのです。個人的に大好きな描写が、佐々木沙織が【並行世界の主人公くんと他のヒロインたちが生殖活動に励んでいる姿】を見させられるシーン。ここでバタフライエフェクトを引用しながら、主人公くんとヒロインが結ばれるのは恣意的であると示されるところは、紙芝居ゲームの矛盾(攻略されなかったヒロインはいったいどうなるのか問題)をまざまざと見せつけられるので、気持ち悪いくらい興奮できます。

僕たちの直感に反するルールが電子世界を支配している。そしてボクたちの体を小さく分割していけば必ずその全てが量子粒子になる。つまり僕たちは常に無数の世界を生み出している。ボクたちは自分たちでは気付かない無数の選択を自分の意見とは関係なく迫られ続けた結果、たまたまこの世界にいるに過ぎない。ボク達に自由はない。ボクたちの意思に選択はない。粒子のきまぐれでこの世界にいるにすいない。つまり多世界は可能性のこと。



  • 轟山サトリの克服と和解
    • 佐々木沙織は多世界解釈では主人公くんが自分を愛さないと知り嫉妬に狂うのですが、現在を受け入れる強さを得ます。こうして自分の肉体から轟山サトリの思念を排除することに成功するのですが、元々の原因であった「主人公くんと轟山サトリのすれちがう関係」に再編を迫るのです。つまりは幼少期に主人公くんが轟山サトリの世界観を拒否してしまったがゆえに、これまでの問題が発生したわけで、精神的に成長した現段階ならば、轟山サトリの思想に共感できるのではないかというわけです。
    • こうして寝ころびながらお互いの思想を開陳するゲームとなります。腹を割って話し合うことで、互いの思想信条を理解できるようになり共感もまたするけれども、決して自分の信仰とすることはできないという構図は大好きです。最近の他作品でいえば『サクラノ詩』において美についての捉え方で、美は相対的なものとする主人公くんと、絶対的な美が存在するというヒロインの思想信条の違いが印象的でしてたね。そんなわけで『あきくる』の世界では、並行世界を統合できる力を使って主人公くんと結ばれようとあがいてきた轟山サトリと、並行世界を統合できるけれどもその個別世界での実存を重視してきた主人公くんが、お互いの価値観に理解を示すのでした。
    • そして轟山サトリは、(決してそんなことはありえないけれども)自分が主人公くんと結ばれる世界線が発生することを祈りながら、「観測者」として昇華することになります。いつだってどこだって主人公くんを観測してあげると。
    • 紙芝居ゲームのハーレム系モノが目を背けがちな問題として「結ばれなかったヒロイン問題」が挙げられます。『となコイ』は結ばれなかった幼馴染が慈母となったり、結ばれなかったイモウトが自らの実存を示したことで異色の存在感を示しました。本作「あきくる」では、この結ばれなかったヒロインを観測者とすることで、主人公くんの存在を確定させる機能を持たせることになります。つまりは結ばれないヒロインこそ真の意味でのメインヒロインとなるよエンドを迎えたのですね。感慨深いですな。

僕らは互いに観測しあっているから、存在している、ということになるのか?ボクはキミが観測しているからキミとして決定される。それは全人類が観測しあっているということ……終わりがない観測の連鎖は『ウィグナーの友人』と呼ばれる。提案したのは物理学者のユージン・ウィグナー。彼は意識が存在を確定するといっている。



  • 円環エンドなエピローグ
    • 主人公くんたちは「ウィグナーの友人」理論を使ってワスプたちを無理やり観測者とすることで、その存在を確定させました。そのワスプたちは主人公くんたちのラブコメを観測していたわけですが、エピローグにおいてそのラブコメっぷりを漫画として残そうと決意します。こうして生み出された作品が『るるる』だったのです。あれ『るるる』って、これを読んだために主人公くんは世界を変えるためにラブコメをすることを思いついたのですよね!?ということで円環になっていますよというオチがつきます。