立石洋子「ロシアと第二次世界大戦の記憶」(2017年度成蹊大学後期公開講座)のまとめ

第二次世界大戦当時

戦後スターリン時代

  • 1947年頃から当局の戦争に対する見解が変化
    • スターリンは自身よりも軍人の人気がでることを危惧。軍指導者を降格・左遷。
    • 戦争の記憶を自由に語らせず。
  • 戦後の歴史の公式史観の確立
    • 1)戦争初期の敗北と混乱を計画された軍事計画の一部とする。
    • 2)スターリンと党の役割を過大評価 (軍指導者や兵士、銃後の人々の役割を認めず)
    • 3)同盟国の貢献を否定
    • 4)日本の敗戦に対するソ連の役割の強調

フルシチョフ政権期

  • スターリンの死とフルシチョフの雪融け
    • 1953年にスターリンが死亡すると、1955年に歴史家による戦争の歴史の見直しの動きが起こる。
    • 1956年の第20回大会でのスターリン批判だが、戦争初期の自発的な「脱スターリン」が第20回大会の下地となった。
    • 当時、あまたの文学作品が生まれたが、それらの共通点は戦勝の要因を普通の人々によるものとすること。

ブレジネフ政権期

  • 隠れた再スターリン
  • 国家と人々の間に大きな亀裂が走る結果となる。

ゴルバチョフ政権期

  • 1985年ゴルバチョフの登場と政治改革の始まり
    • 学生時代にフルシチョフの雪融けを経験
    • 「歴史の空白を埋めよ」
      • 非公開情報が次々と公開される → 社会に大きな衝撃と混乱

エリツィン政権期

プーチン政権期

  • 2001年5月 プーチン大統領
    • 自らを「愛国主義者」と宣言し、国内の安定・統合をはかる。
    • 革命前とソ連時代のシンボルを組み合わせる
    • 第二次世界大戦を部分的に再評価
      • しかしリベラル派は妥協を否定し、ソ連時代の否定的評価にこだわる
      • それに対しプーチンは「祖父母の時代をなかったことにすることは受け入れられない」と述べ。リベラル派を拒絶

近年の論争

  • 下からの愛国主義の昂揚
    • 「不死の連隊」…一般人の顕彰を目的とする下からの自主的な社会運動
  • 歴史認識の多様性の維持
    • ロシアの歴史教科書には解釈を考えさせる記述

終わりに

  • ロシアにおける第二次世界大戦及び独ソ戦の在り方
    • 愛国主義」、「社会の統合の中心」という共通認識があるが・・・
      • だが、それは「国家」と「社会」が一致しているというわけではない。国家の愛国主義政策と下からの民主運動としての愛国主義は別。国家による情報統制、愛国主義の育成の道具という視点だけでは正確に捉えられない。

質疑応答タイム

  • 歴史教科書における歴史認識の多様性の維持は現実としてどの程度機能しているのか?
    • 立石氏曰く「国家は歴史教育思想統制に利用しようとしているが、知識人はそれに反し歴史認識の多様性を唱えている。その具体的な例が歴史教科書であり、ロシアの歴史教科書は複数の解釈を考察させる項目を設置している」と。これを受けて質問では「実際に学校教育ではその教科書を用いて実践としてどのような授業が行われているのか」が聞かれた。
      • 返答:授業を1回ほどしか見たことがない。プーチンが好きな教員なら親プーチンシンパの授業をするだろう。教師の質に左右される。
  • 講演終了後にはすごい人数に取り囲まれていた・・・
    • ロシアの歴史教育に問題意識を抱いているので、ロシアの歴史の授業を分析している日本研究者やロシアの高等教育機関の受験事情について聞きたかったのだが、とても近づける雰囲気ではなかった。立石氏はロシアの歴史授業にはあまり関心が無いようだったので、聞いても困らせるだけだったか?せっかく講演を聞きに行ったのだから聞けば良かったかもしれない・・・。