雑録

ノラと皇女と野良猫ハート2「アイリス・ディセンバー・アンクライ√」の感想・レビュー

故人を偲んで過去を紡ぎ、出自や生い立ちを学ぶことで自己同一性を確立する話。バカゲーと見せかけた歴史哲学ゲー。
ブッ飛んだヒロイン像に振り回されたり完全にノリと勢いだけのテキストが挿入されたりするなかで社会認識を扱います。
テーマとなっている「故人・思い出・過去・語り継ぐ事・伝承等を学び、史料を読み込むことで紡がれる歴史」は考えさせられる。
アンクライ家が滅亡させられたのは、死者や過去を消し去り、歴史をなかったことにしようとしていたから。
最終的にアイリスが、自分個人とは関係はないが「出自・一族・民族が犯した罪」を受け入れる決意をしてハッピーエンドとなる。

自己同一性と帰属意識をめぐる家族・民族・国民を扱う歴史哲学ゲー


  • 個人を形成する家族の連なり
    • 主人公くんは中学時代に唯一の肉親である母親を亡くし身寄りを無くしました。それでも幼少期から一緒に育ったシャチや幼馴染ズたちとの絆もあり、何とか毎日をやってきました。しかし今度は主人公くんがホスピスとなってしまい、そこから亡き母の末期を思い出し、その最期の気持ちを類推するようになるのです。主人公くんは家族だからこそ言わないでも察してほしい、察してくれるに違いないと希望的観測を抱くのですが、家族であろうと言葉を交わさなければ相互理解は困難であり、そこに苛立ちを感じていたのですね。周囲の心配をウザったく思う主人公くんに対して友人が活を入れるところは本作の中でも一番好きと言っても過言ではない描写です。マァ結局のところホスピス展開はソッコーで終わり、パトリシアの呪いオチでしたが(呪いが進行すると永遠にネコとなり人格や言葉も喪失し人間に戻れない的なやつ)。
    • しかしこのホスピス事件によって主人公くんが今まで目をそらしてきた自己の出自を知ろうと思うようになったことは確かでありました。主人公くんは母親の末期にろくに会話をしなかったため、母がどんな生い立ちで育ち、どのような歴史的背景(過去)を持っていたのか、殆ど知らなかったのです。偶然母親の元級友の存在が明らかになると、主人公くんは散々躊躇するのですが、会いに行き、故人の記憶に立ち向かうのです。母親の元級友はセクシャルマイノリティ(LGBT)であり、主人公くんの母親に色々と励まされたことを語ってくれます。男だとか女だとかの性にとらわれるのではなく、人間としてどのように生きるのかが大事であるとして肯定されたのだとか。そして主人公くんもまた、母親のコトバを受け取ることとなり、人間として良く生きるように励まされるのです。主人公くんは今まで避けてきた自分の生い立ちを知ることによって自分というものを深めることができたのでした。




  • 歴史ってなんで学ぶの?
    • アイリスはアンクライ家の皇女でしたが、主体性に欠け母親の言いなりでした。そのためエンド家の皇女パトリシアから、きちんと歴史を学び自分の頭で判断するように諭されます。ここで扱われるのが「社会的促進」であり、「同じ空間の中に勉強している人がいると自分の作業能率が上がる」という事例が引用されます。アイリスも主人公くんと一緒に勉強することで歴史の知識を深めていくのですね。個別具体的な事項をただ単発的に暗記するのではなく、因果関係を把握し繋がりとして時代の特徴を理解することが肝要であるとアイリスが悟った時には、オッシャーと叫んでしまいました!!「なんで歴史学ぶの?」とかごねる中高生や「流れの把握」や「時代構造の理解」を放棄して一問一答の用語暗記に始終する教員や受験生にはぜひアイリス√やって歴史認識を深めて欲しいと思います!!!こうして歴史を学んでいったアイリスでしたが、パトリシアによる試験では論述問題に答えることができませんでした。それは、自分の家の歴史を叙述する自由記述問題だったのです。今まで自分の家の歴史、民族の歴史、王国の歴史を知ろうとしてこなかったアイリスは、エスニシティやネーションやステートに向き合うことになったのでした。


  • アンクライ王家の歴史
    • ではアイリスの王家の歴史はどのようなものだったのでしょうか?まずはアンクライ家は鉱山資源に依存した傲慢な統治をした挙句覇権を求めたので、その結果制裁を受けることになりました。アンクライ家は恭順の意を示すべく、皇女アイリスを幽閉。閉じ込められたアイリスが流す涙は宝石となり高価で売れたため、それを贖いとしたのでした。ちなみにアンクライ家が求めた覇権とは何かというと、冥界そのものの忘却でした。人々は先祖崇拝や死者の弔いをすることで「死」を意識してきたわけですが、この生者が死を思うことで冥界は成り立ってきたのです。死者たちは生者によって観測認識されることで存在し、現世にコミットメントできるのです。しかしアンクライ家は死者が現世にコミットメントすることを否定します。「死者が生者の心配をするのは、死者として幸せなのかしら?」と問題意識を投げかけ、死者や過去を忘れさせ、冥界を消滅させてしまおうというのです。いうなれば死んでいった者たちの記憶の消却、いうなれば歴史の忘却です。このようなクーデタによる歴史歪曲を企てたため、アンクライ家は滅亡させられたのでした。



  • 民族の咎とその引き受け
    • 以上のようなアンクライ家の歴史はアイリス個人には直接関係ないものでありました。しかしアイリス個人には関係なくとも生れや血筋や血族集団や民族という先天的に自己を規定するものがあるのもまた事実なのでした。自分ではどうすることもできない民族としての過ちに直面し、それを引き受けることはとても難しいというもの。過ちを強調しすぎて過度に自国の歴史を否定するのでもなく、だからといって過ちを都合のいい様に解釈して自国の歴史を賛美するのでもありません。歴史というものは、尽きることのない現在と過去の対話であり、現在の価値観に基づいて再解釈されていくものです。しかしいくらでも解釈し直すことが可能だからといって、好き勝手に解釈していいのではありません。厳密な史料批判つまりは史料を読み込み根拠に基づいて歴史観を形成しなければならないのですね。アイリスも史料を読みながら民族が背負う歴史的な咎を受け容れつつ自分のなかに自分の歴史像を形成していきます。


  • 国家の滅亡による個人の解放と個人による祖国の復興
    • アイリスが地上において主人公くんと交流を重ねアイデンティティを確立していくと、アイリスの従者であるノエルは、アイリスを王家の束縛から解放しようと試みます。しかしその手段は突拍子もないもの。なんとかつて冥界を消滅させようとした「冥界の忘却」を再び行うことで、その制裁として完全に国家を滅亡させることで、アイリスを解放するというものでした。ノエルの独りよがりによる強引なやり方を諫めるべく主人公くんたちは頑張るのですが、この過程で諸々の事情が判明します。アイリスに母はおらず、巨大コンピュータの録音装置が母と擬せられていたこと、ノエルがアイリスに母がいないことを教えなかったのはアイリスに母がいないという事実を知らせて悲しませたくなかったことなどが語られていきます。真相を知ったアイリスは、冥界を消滅させようとしたことを詫び、祖国の復興を願い出るのでした。ノエルはアイリスのために国家を滅亡させて解きはなとうとしていました。一方でアイリスはノエルのために自分のために祖国を復興させようと国のために生きる気概を示したのです。こうして主人公くんとアイリスは国民を増やすぞ産めよ増やせよハッピーエンドを迎えるのでした。