雑録

ウマ娘「ゴールドシチー」シナリオの感想・レビュー

近代的自我の萌芽により自己の存在証明に駆られるモデル系ウマ娘の話。
ゴールドシチーは今を時めくモデルだが不意に自分は人形にしか過ぎないと感じる。
突如芽生えた自我を持て余すシチーは闇雲に走り出すが夕焼けを見て「自分」を感じる。
それを契機にトレセン学園に入学するが結果が出せず焦燥の日々を過ごす。
折角トレーナーがついてもモデルとしてのシチーしか見てくれずついには精神崩壊。
そんな思春期少女の「自分」そのものを見てあげればフラグは成立。
モデルを辞めた時にはその考えを転向させモデルのシチーもシチーだと気づかせる!
レースもモデルも両立させる!主人公はシチーの無二の相棒となりハッピーエンドとなる。

ゴールドシチーのキャラクター表現とフラグ生成過程

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  • 存在証明をこの悲鳴をあるいはレースを
    • 【1】ゴールドシチーはモデル兼業ウマ娘。モデルとしては時流に乗って成功しており誰からも名前が知られていますが、誰もシチーの本質を見ようとしませんでした。選抜レース後シチーはとあるトレーナーからスカウトを受けてウッキウキとなるのですが、そこでもまたモデルをやっていたからスカウトされたに過ぎないことを知ります。シチーに求められていたのは見てくれの美しさのみであり、勝てるレースにだけ出させて名声を得ようとしていたのです。この現実に打ちのめされたシチーはどうせ本当の「自分」など誰も見てくれなんだと諦念を抱き、レースの夢を捨て去ろうとしてしまいます。シチーの輝きは、レースへの情熱から来るものであり、ここで諦めていたらモデルとしても失敗していたでしょう。この時、漢を見せるのが我らが主人公トレーナーであり、シチーの超巨大感情を受けとめ、専属となったのでした。思春期の少女がアイデンティティの確立の際に生じさせる感情の爆発がシチーは特に顕著であり、持て余して制御できない感情をトレーナーに叩きつけてしまうシーンは屈指の見どころとなっています。ゴールドシチーは情緒不安定かわいい。シチーの自我の萌芽の象徴である夕焼けをスマホで見よう!
    • 【2】こうしてレースとモデルという二枚の草鞋を履くことになったシチーですが、全然上手くいきません。モデルを辞める決意までしても、タイムは上がらず。ここでもまたシチーの近代的自我の確立が問題となります。シチーは自分がモデルとしてお人形さんという側面しか見てもらえないことを忌避していました。しかしながら、モデルとしてのシチーもまたシチーの人物像形成する重要なパーツの一つであったのです。すなわちモデルという要素はシチーの人格から切っても切り離せないものだったのです。辞めてからどんなに大切であったかを知るというパターン。シチーはその現実を認めたくなくて駄々を捏ねますが、トレーナーさんと一緒にスマホの写真を見ながらこれまでのモデル人生を振り返ることで、その現実を思い知らされていきます。ここでもシチーは感情大爆発劇場を展開しますが、感情を受けとめてもらうことで、二刀流を継続することを決意したのでした。
    • 【3】合宿の場面では、モデルとレースを見事に両立させるシチーの姿が!!他のウマ娘と交流を深めることで、シチーは少しずつ大人になっていきます。本当の自分を見てもらえず存在証明に焦っていたシチーでしたが、自分もまたイメージで他人を見ていたのだと自省するのでした。トレーナーさんと共に繰り出したお祭りではファンから声援を受けそれが力になっていることを実感します。情緒崩壊シーンではトレーナーさんを相棒として認めていなかったシチーが、終局部で自らトレーナさんを相棒と称する所はグッときますね。こうして存在証明に固執する少女が精神的に成長してハッピーエンドを迎えます。

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