天色アイルノーツ「シャーリィ・ウォリック」ルートの感想・レビュー

天色アイルノーツのシャーリィ√は「存在の不確かさ」と「自己卑下による正当化からの脱却」。
「世界の不安」に怯える少女を救済し、いじめ問題により担当生徒を他校へ転出させてしまった哀れな男を解放せよ。
救済された同人腐女子がクラスメイトを引き連れて、教員に自信を取り戻させる。
最後は教員もトラウマを払拭し、新たな自信をつけるのであった!!

シャーリィ・ウォリックのキャラクター表現とフラグ生成過程

少女救済「存在の不確かさ」

シャーリィは同人腐女子で妄想癖のある女の子。ある日、「世界の存在の不確かさ」について恐怖を抱き、大きなしこりとなってトラウマとなってしまいました。自分たちが住んでいる世界は仮初めの世界であり、ある日突然喪失してしまうのではないかと。幼心に抱いた不安は母親の病死とも重なり、少女の心に深い闇を作っていきます。中島敦の『狼疾記』の三造と同じ論理ですね。
以下引用。

「…受持の教師が…地球の運命というものに就いて話したことがあった。如何にして地球が冷却し、人類が絶滅するか、我々の存在が如何に無意味であるかを…説いたのだ。…地球が冷却するのや、人類が滅びるのは、まだしも我慢ができた。ところが、その後では太陽までも消えてしまうという。太陽も冷えて、消えて、真っ暗な空間を誰にも見られずに黒い冷たい星どもが廻っているだけになってしまう。それを考えると彼は堪らなかった。それでは自分たちは何のために生きているんだ。自分は死んでも地球や宇宙はこのまま続くものとしてこそ安心して、人間の一人として死んでいける。それが今、先生の言うようでは自分たちの生まれてきたことも人間というのも、宇宙というのも、何の意味もないではないか。本当に、何のために自分は生まれてきたんだ?」(『中島敦全集』ちくま文庫、1993、235-236頁)



こうして『狼疾記』のように存在の不確かさについて悩む少女に主人公くんはどのように対処したのでしょうか?それは彼女に存在の暖かさを教えてあげることでした。『狼疾記』の三造が飼い犬の体温で癒されたように、神経衰弱気味のシャーリィに膝枕をしてお手々をぎゅっと握ってあげるのでした。そしてなぜか老荘思想タイム。『胡蝶の夢』を引き合いに出し、認識できている主体として今を精一杯生きれば良いではないか!!と力説してあげるのでした。寂しさによる心の空白を体温によって癒されたシャーリィは自己の存在を確定し、神経衰弱から立ち直るのでした。


主人公の救済「自己卑下による正当化からの脱却」

主人公くんが抱える心の闇は「いじめ問題により担任生徒を他校へ転出させた」ことでした。高い理想を持って教職に就いた主人公にとって、この問題は教師としてのアイデンティティを揺るがすものとなったのです。イジメ問題は教員としては避けてはとおれないことですが「若いくせに少しくらいの敗北でもう挫折か!?」と『ハイスコアガール』だったら説教されるでしょう。再チャレンジできる社会で再び教鞭を執るようになった主人公くんでしたが、この挫折により「自己を卑下する癖」がついてしまったのです。自己を卑下するのはとても甘美で魅惑的な自己肯定方法です。ですが、自分をけなすことでしか自分を肯定できない人間がどうして教師として人を導けるでしょうか?(反語)。ある時、教師としての能力を遺憾なく発揮し、バリバリと仕事をこなしていた主人公くんに前任校でのトラウマが突きつけられます。なんと前任校での指導教員が主人公くんに「教員辞めた方が良いよ」と直球をなげるのでした。その理由は「仕事ぶりを褒めても自己卑下しかしない」ことにあったのですが、自信を取り戻しかけていた主人公くんにとっては人間性を否定されたかのようなことでした。ほら、今って教員採用試験は二次試験重視で、教師としての人間性を採用基準にしているから、二次試験で墜ちると自分の人格が否定されたような感覚に陥るアレですね!!

そんなわけで主人公くんは過去と向き合う必要性が出てくるわけです。ここで主人公くんによって救済されたシャーリィが主人公くんを肯定してあげるのですね。エロゲ作法「少女救済」と「自己肯定」が発動です。その具体的な表現方法は、クラス全員で主人公くんに感謝を表明することでした。自分が教員として未熟で常に不安であり、自己を卑下することで前を向く主人公くんに対し、先生はよくしてくれているから安心してね!!と周囲の評価を目に見える形で示してあげるのです。さらに、主人公くんが挫折するきっかけとなった虐められていた生徒を呼び寄せます。該当生徒は転校を余儀なくされたものの、主人公くんの指導により社会復帰できるようになり、現在では友達もできて楽しく学校生活を送っていると報告します。主人公くんの親身な教えがあったからこそ立ち直ることが出来たと感謝の意を表明したのでした。以上により、「自分は間違っていなかったんだ」と認識できた主人公くんは号泣し、「自己卑下による自己の正当化」から脱却出来たのでした。ハッピーエンド!!