『ふゆから、くるる。』製品版 (シルキーズプラス)の感想・レビュー

人類の拡張のため適応できる惑星を探すべく宇宙に放たれた情報思念体の死生観の話。
名探偵編までは茶番だが、補陀落渡海編からが真骨頂であり、ここから一気に面白くなる。
物語の舞台は量子的幻想世界であり、登場人物たちは宇宙を彷徨う情報思念体に過ぎない。
宇宙に放たれた情報思念体の群れはいくつもあったが、この群れは女性だけで構成されていた。
成長と幼化による延命プログラムで女性だけの思念体コミュニティの維持継続を繰り返してきたのだが……
同じ情報の繰り返しは故障を生じさせ、新たな方法を模索せざるを得なくなる。
それが性転換により男を作り出し交配によって新たな情報思念体を作り出すことであった。
名探偵編は「男」がどのような存在であるかを試されていたというオチであった。

渡辺僚一先生の集大成!宇宙の旅(はるくる)、情報思念体(なつくる)、量子的幻想世界(あきくる)、情報拡張(缶詰少女)

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少女達は宇宙を漂う針に乗せられた情報思念体
  • 【1】宇宙の旅を補陀落渡海に見立てる方式【SF的宇宙観と仏教的世界観の融合】
    • 物語の舞台は少女達しかいない学園であり、少女たちは『火の鳥』のマキムラのように成長と幼化という形での輪廻を繰り返しています。建前上の目的は天才を創り出すためであり、輪廻を繰り返すことにより脳の神経細胞を増やし天才に近づけようとしていると説明されています。しかしこれらは全て設定に過ぎませんでした。少女たちは宇宙に放たれた無数の針に搭載されている情報思念体に過ぎず、学園はその思念体により構成された量子的幻想世界だったのです。宇宙に放たれた目的というのが、人類が宇宙に拡張できる惑星を探すことであり、この宇宙の旅が仏教の「補陀落渡海」に見立てられているのですね(補陀落渡海については公式サイトの「よくわかるふゆくる」で解説されています)。少女たちしかいない理由は、様々な類型の情報思念体の「群れ」が宇宙に放たれたのですが、その中の「女性だけ」で構成されている「群れ」に過ぎなかったということ。他の「群れ」には男性だけの群れや男女がいる群れ、高齢者の群れや幼児の群れなど様々なものがあったであろうとされています。天才を創り出すというのは、いつ終わるか分からない旅路に目的を与えるためのものでした。少女達はこの事実を知らずに天才になることを目指して生活しているのですが、苗字に「島」が入っているキャラたちにだけ、その真相が知らされていたのです。そして一般の思念体でも壊れかけると自分が宇宙に放たれた針に過ぎないと自覚してしまいます。早期に殺して新たな繰り返しの輪廻に戻してやれば壊れずに済むので、殺人鬼の存在が容認されていたというワケ。

  • 【2】交配による新たな情報思念体の創出
    • こうして輪廻システムが正常に機能しているうちは良かったのですが、同じ情報思念体の繰り返しは機能障害を頻発するようになっていきます。その対策として取られたのが、女子しかいない思念体の中から任意の個体を性転換させ男性を創出し交配により新たな情報思念体を生み出そうというものでした。しかしこれまで女子しかいなかった集団において新たに男性を生み出すことは、大変な危惧を生むことになります。それ故、男性に性転換された【空丘夕陽】を通して男性がどのような存在かを見極めるべく、名探偵編の茶番が仕組まれたというわけ。これは【空丘夕陽】が助手の【水名とりねこ】を連れて、パートナーであった【霜雪しほん】と第二手芸部部長【月角島ヴィカ】の首を探すというもの。しかし作中でライター自身が「雑」と評している通り、「男」の存在がどのようなものかを確かめるだけのものであり、二人は生きていましたーという展開になります。そして故障が近かった【霜雪しほん】は宇宙に還って針となり、【水名とりねこ】は殺されて次回の輪廻の環に戻ります。

  • 【3】各カップルを通した死生観の提示
    • 名探偵編で空丘夕陽のお話は一旦終わり、交配を受け入れる為の補陀落渡海編へと入っていきます。【菊間塔子】と【星都チエミ】、【宇賀島ユカリ】と【熾火澱】、【月角島ヴィカ】と【水名とりねこ】のカップリングを通して、新たな死生観を確立させていきます。交配による新たな思念体の発生と世代交代による種の延命。とりわけクローズアップされるのが、月角島ヴィカ×水名とりねこ。ヴィカは「島」持ちの苗字であり、交配を受け入れたのですが、いつまでもぐちぐちと滅びの美学に囚われることになります。交配せずに女だけの園で滅亡した方が良かったのだと。それ故バッドエンドでは全て月角島ヴィカが最期の一人となり滅びを受け入れるエンドとなります。何故、月角島ヴィカが滅びに惹かれるかというと、自分の親友が故障し宇宙に還った際の別離が尾を引いていたからでした。そんな月角島ヴィカが縋ったのが水名とりねこ。水名とりねこは序盤の百合シナリオ編で月角島ヴィカから公開凌辱を受けるという過去がありました。また性転換した空丘夕陽と結ばれないようにするため、水名とりねこ自身も男性になっていました。それ故、月角島ヴィカは水名とりねこに孕ませられることで自罰を求め「頑張っている」ことを示そうとしたのでした(とりねこが宇宙に還った親友と似ていたこともある)。

  • 【4】子孫の継承と情報の拡張
    • 最終的に交配システムは軌道に乗り、世代交代を繰り返しながら、宇宙の旅を続け、新たな惑星に辿り着きます。作中で補陀落山とされていたのが、新たな惑星だったという展開。情報思念体は交配により新しくなっても、外側は同じものを再生産しているため、見かけは作中のキャラと同じ。各キャラの後継機が先祖の想いを引き継いで交流を重ねているシーンは割と感動的な演出。空丘と霜雪の後継機が祈りのチェスを捧げたり、雲母と宇賀島が墓標を前にするところは味わい深くあります。こうして『はるくる』の宇宙の旅、『なつくる』の思念体、『あきくる』の量子的幻想世界、『缶詰少女』の情報拡張が見事融合され、『ふゆくる』は渡辺僚一先生の集大成的作品となったのでした。
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量子的幻想世界
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性転換と交配
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種族のプログラムと個人の想い
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そして野生へ帰る
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宇宙の旅と補陀落渡海
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死の連鎖の果て

体験版感想


参考