雑録

ゴールデンカムイ樺太編(11)「尾形回②イノセントを嫌悪する尾形」の感想・レビュー

金塊争奪戦の中で金塊に興味のない尾形の行動原理の一端が少し解明される話。
尾形は私生児として父親に認知されず、母からの愛情も受けられずに育ってしまった。
軍に入隊後、嫡子の異母弟が無邪気に尾形を慕うが、彼こそがイノセントの象徴だった。
それを許せなかった尾形は異母弟を殺害したが、アシㇼパさんにイノセント性をダブらせる。
純粋無垢であろうとするアシㇼパさんを汚すことが尾形の目的の一つなのかもしれない。
アシㇼパさんが放った矢が尾形に突き刺さった時、尾形は目的を達成し笑っていたのである。
まぁ物理的なイノセントさは聖水シャワーで汚されているわけだけれども。

自らを殺させることでアシㇼパさんを汚そうとする尾形

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  • アシㇼパさんは清いままで金塊争奪戦を乗り切れるか
    • 本作の中におけるアシㇼパさんの立ち位置としてイノセント性が挙げられます。ウイルクはアシㇼパさんをアイヌ独立の象徴としようとし、杉元は清いままでいるアシㇼパさんを崇拝の対象とすることで自らが救われようとします。尾形は自らの生い立ちから純粋無垢な人間などいるわけがないと思っており、アシㇼパさんを汚そうとしています。尾形はアシㇼパさんが暗号解読の鍵を思い出したことを察すると、アシㇼパさんを呼び出し、自らの手中におさめるべく手練手管を尽くします。しかしそれが失敗に終わると、今度はアシㇼパさんの怒りを煽り、自らを殺させることで、アシㇼパさんのイノセントを汚そうとするのです。尾形は一度杉元に殺されそうになっており、そこをアシㇼパさんに止められているため、その命でアシㇼパさんを汚せるのなら自分が死んでも構わないと思っているのでしょう(推測)。この作品のコンセプトとして「天から役目なしに降ろされた物はひとつもない」ことが掲げられていますが、まさに尾形は自分の命の使い道を、イノセント性を汚すことに求めているのかもしれません。(全然そうじゃないかもしれない)。そんな尾形がこれからどのような結末に至るのかも楽しみですね。原作では目が抉られた後フツーに復活して土方一派に合流しますが、物語が終局に近づく中、尾形と鶴見篤四郎の目的を解き明かすことが原動力になっているとも言えます。毒矢で目を撃たれた尾形が横たわる中で聖水シャワーを浴びながら歓喜の再会を展開するアシリパさんと杉元のシーンは映像で見るとこれまたインパクトがありました。

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