雑録

軍港都市

【史料】『呉軍港案内』(呉郷土史研究会、1933年)に見る「軍港都市観光」による海事思想の普及

第一次世界大戦が総力戦となったことを見た日本は、帝国民を動員する必要性を感じ、総力戦体制の構築に努めた。海軍では海事思想の普及が求められることとなり、ワシントン軍縮後には海軍軍事普及委員会が設置され、ロンドン軍縮の際には海軍軍事普及部とし…

【レジュメ】戦間期における軍港都市「呉」への帝国民の来訪 (参考文献:『呉市史』第5巻pp.1049-1074)

概要 軍港都市は、鎮守府・工廠の設置により形成された帝国日本の人工的な都市である。それ故、経済活動を海軍に依存しており軍縮時には深刻な影響を受けた。それ故、戦間期には海軍依存の転換が目指され、その一つとして博覧会の開催が構想された。しかし時…

髙橋香織「軍港都市・呉の戦後史―旧軍港市転換法と自衛隊誘致を中心に―」、『北陸史学』67号、55-77頁、2018

概要 「はじめに」で先行研究の整理が行われ、第1章で海軍進出に伴う主要産業の喪失による海軍・呉市民間の相互依存関係の構築が論じられ、第2章では戦後呉市経済の混迷と軍転法設置について、第3章第1節では軍転法の限界について述べられる。 だが第1章、第…

加藤政洋「『呉花街案内』を読む」(上杉和央編『軍港都市研究Ⅱ』、清文堂、2012年、321-323頁)

『呉花街案内』に関するコラム。従業員の女性426人分の個別データが掲載されている所が最大の史料的価値であるとしている。 『呉花街案内』とは 呉市で1935(昭和10)3月から5月にかけて開催された「国防と産業大博覧会」の会期に合わせて発行されたB6の書籍。…

村中亮夫「地形図と空中写真からみる呉の景観変遷」(上杉和央『軍港都市研究Ⅱ』清文堂、2012年、45-79頁)

呉市の地形図・空中写真を用いて、その土地利用の年代的変遷を論じる。 第1節 呉の地理的環境 第2節 呉の景観変遷 (1)呉鎮守府設置の経緯と設置前の景観 (2)呉鎮守府開庁後 (3)呉鎮守府拡大期 (4)第二次世界大戦終結前後 (5)高度経済成長期 (6)20世紀末~21…

加藤政洋「軍港都市の遊興空間」(上杉和央編『軍港都市研究Ⅱ』、清文堂、2012年、281-320頁)

軍港都市には遊興空間が存在し、そこは消費の局面では空間的に分化しており、海軍の社会性が刻み込まれていた。 はじめに 第1節 軍港都市の遊郭 (1)『全国遊郭案内』における軍港都市 (2)遊郭の立地と景観 (3)私娼街の問題 第2節 軍港都市の花街 (1)遊郭との…

上杉和央「連続と断絶の都市像-もう一つの「平和」都市・呉」(『複数の「ヒロシマ」 記憶の戦後史とメディアの力学』、青弓社、2012年、103-138頁)

本論の趣旨 呉市は、海軍が培った技術を用いるという連続性と軍・軍需目的とは異なるという断絶性の両面性を保有している。この矛盾を解消させる手段が平和産業港湾都市であり、戦前との連続性・断絶性どちらを主張する時にも使用できる便利な概念であった。…

林美和「呉市における戦後復興と旧軍港都市転換法」(河西英通編『軍港都市研究Ⅲ 呉編』、清文堂出版、2014年、309-332頁)

本稿の趣旨 敗戦後の呉市は海軍依存からの転換を目指し企業誘致と産業育成に努め成功したが、冷戦により再軍備への忌避感が無くなると軍港都市のプライドを取り戻した。しかしそれは再び海軍に依存していく契機となり、失われた30年により製造業が衰退すると…

上杉和央「軍港都市<呉>から平和産業港湾都市<呉>へ」(坂根嘉弘編『西の軍隊と軍港都市: 中国・四国 (地域のなかの軍隊 5)』、吉川弘文館、2014年、104-130頁)

本論の内容 軍港都市としての呉は空襲と敗戦により断絶したが、占領政策の変化と自衛隊の創設により軍隊の街として連続しており、「赤れんが」という海軍イメージの利用により、空間的な広がりを見せている。 【項目】 はじめに 平和産業港湾都市 連続と断絶…